第152話

 放課後、ナクルと水月、そして沖長と三人で帰宅することになり、ほのぼのとした日常会話をしつつ歩いていたその時だ。

 不意に例の気配……そう、ダンジョンが発生する気配を察知した。


 ナクルも気づいたようだったが、どうするべきか水月に気づかれないように、こちらをチラチラと見てきている。

 一応水月にはダンジョンについての情報を与えたものの、彼女がダンジョン内に足を踏み入れ、いきなり戦えるかといえば難しいだろう。実際妖魔なんて目にしたら悲鳴を上げて気絶する可能性だってある。


 沖長はスマホで素早くメッセージを打ち、修一郎にダンジョン発生の旨を告げた。すると即座に返答があり、すぐに【異界対策局】へと連絡するという話が返ってきた。


 向こうは専門家なので、このまま任せるというのも有りかもしれないが、懸念しているのはナクルの勇者としての経験だ。

 実際原作では、彼女は【異界対策局】の所属勇者として、これまで何度かダンジョンを攻略し経験を積めてきたはず。しかしこの世界では、積極的に攻略に動いていないことから、その経験は非常に乏しい。


 ナクルの生存率を上げるためには、彼女には強くなってもらいたい。しかしイレギュラーが起こりかねない状況で、簡単にダンジョン攻略に挑んでほしくないのも事実。ただそれではいつまで経っても勇者としての実力が身につかない。このジレンマはどうすればいいのだろうか。


 もちろんこのまま【異界対策局】がすべてのダンジョンを管理し、ブレイクを防げるのであれば問題ないかもしれないが、この世界はナクルの物語であり、どうあってもナクルは介入せざるを得ない状況に陥ることになるはず。


 そうなった時に実力不足というのは問題しかない。やはりここは危険でも経験を積むためにダンジョンに向かった方が良いか……。


(いや、安全のためにも千疋を呼んでおいた方が良いか?)


 彼女がいればあまりにも逸脱した状況にならない限りは対処できるだろう。だから沖長も安心して攻略に臨めるのだが……。


「二人とも、さっきから黙ってどしたん?」


 沖長とナクルが目配せしつつ沈黙していたからか、不思議に思った水月が問いかけてきた。


「あ、いや、ちょっと考え事してた」

「ボ、ボクもッスよ! あはは……」


 沖長はポーカーフェイスを保てるが、ナクルは明らかに動揺している。それに当然気づいた水月は怪しそうに「何か隠してない?」と問い質してきた。


「べ、別に何も隠してないッス! ダンジョンとかまったく関係ないッスよ!」

「おい、ナクル!」


 本当にこの子は素直過ぎるというか純粋というか。悪くいえば単純だが、嘘が上手く吐けない。


「ダンジョン? ……! まさか札月くん! あの時みたいに?」


 矛先がこちらに向かってきた。


「あの時? 水月ちゃん、ダンジョンのこと知ってるんスか? オキくん?」


 ナクルもまた沖長に説明を求めてきた。こうなったら仕方ない。


「はぁ……九馬さん、落ち着いて聞いてほしい」

「え? う、うん」

「今、ダンジョンが発生した気配を感じた。そうだな、ナクル?」

「この近くッスよね」


 二人の言葉に「マジで?」と目を見開く水月はそのまま続ける。


「じゃあこのままだと妖魔……だっけ? そいつらが地球に出てきて暴れるんじゃ……」

「ダンジョンブレイクまでは時間がかかるらしい。だからすぐにどうということもないし、前に説明した【異界対策局】っていう組織も動くはず。だから別に俺たちがどうこうする必要はないかもしれないんだけど……」

「そうなんだ……まああたしとしては、二人に危ないことしてほしくないからそれでいいと思うけどさ」

「でもオキくん、【異界対策局】が間に合わなかったらどうなるッスか?」


 確かにそれは気になる。そもそも彼らにダンジョンをクリアできる戦力があるのか否か。


(いや、羽竹から聞いた話じゃ、原作でもナクルの他に所属勇者がいたはずだよな)


 だったらその人物が事に当たるだろう。しかし原作では、この時期にそういった人物の描写がないという話も聞いた。なら今回のダンジョンは、ナクルが解決するのが流れなのだろう。つまり他の勇者を派遣できない事情があるかもしれない。

 そうなれば亀裂から出てきた妖魔が人々を襲撃し始める。本格的なダンジョンブレイクが起こってしまう。


(どうする? 攻略にはナクルが必要不可欠だし……)


 とりあえず一度様子を見に行った方が良いかもしれないと判断し、水月にはこのまま一人で帰るように言った。


「そんな!? あたしだけ帰るなんてできんし!」

「いや、今の九馬さんじゃ危険過ぎる。何かあった時に守れないかもしれないし」

「そうッスよ、水月ちゃん! ダンジョンについてはボクたちに任せてほしいッス!」

「で、でも……」


 それでも友達が危ないところに行くというのに素直に頷けないのだろう。水月はまだ納得できずに俯いてしまっていた。

 するとそこでスマホが震え確認すると……。


「蔦絵さん? ……はい、もしもし」

『あ、沖長くんかしら? 蔦絵です』

「はい、そうです。もしかして修一郎さんから連絡が?」

『ええ、今から私も向かうから、二人だけで無茶しないようにね』


 蔦絵も合流してくれるのはありがたい。これでたとえダンジョンに挑むことになっても大きな安全マージンを得られた気分だ。原作では蔦絵という大戦力は存在しないが、沖長によってルートが変更されたことで、頼もし過ぎる味方を得られたのである。


「ナクル、蔦絵さんも合流してくれるらしい」

「ホントッスか! 水月ちゃん、だったらもう心配いらないッスよ!」

「え? え? ツタエって……誰?」


 ナクルが蔦絵についてざっくりと説明した。


「つまり……二人が習ってる古武術? の師範代で、とっても強い勇者候補生ってこと?」

「そうッス! 蔦絵ちゃんはボクら二人がかりでも一本も取れないほど強いッス! だから何が起こってもきっと大丈夫ッスよ!」

「そういうこと。だから九馬さんは安心して家に帰ってほしい。きっとそれが一番俺たちにも助かることだし」

「っ…………今のあたしじゃ何の力にもなれないんだ」


 その呟きには悔しさが込められていた。表情もどこか申し訳なさそうな悲痛な色合いを含んでいる。しかしすぐに笑顔を作りこちらを見てきた。


「うん! わかった! 札月くんの言う通りにするよ! でも約束して! ぜ~ったいに無茶はしないで!」


 自分に言い聞かせるように水月が言っているのは分かっていた。それでも沖長は彼女のその言葉を信じて返事をし、ナクルと二人だけで現地へと走って行った。




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