第139話

「とにかく九馬さんが見た空間の歪みってのは、そのダンジョンの入口が生まれる前兆ってこと。そのあとは大きな亀裂が入って中に入ることができるようになるんだよ」

「け、けど入れるのはその勇者? だけなんでしょ?」

「あー……一応勇者候補生ってのも入れるみたい」

「へぇ…………ていうか何でそんなに詳しいん? あ、もしかして札月くんって勇者!?」

「いいや、俺は勇者じゃないぞ」

「え? じゃあ……その候補生ってやつ?」


 その問いに「多分ね」とだけ答える。実際ダンジョンがどういう査定で人間を受け入れているのかは定かではないのだ。あくまでも人間側の見解でしかないから。


「ちょ、ちょっと待って! じゃあそのヨーマってのと札月くんは戦った……の?」

「まあ……ね」

「めっちゃスゴいじゃん! いや、そうじゃなくて、そんな危ないことしちゃダメだし!」

「はは……まあこっちもいろいろ事情があってさ」


 そこで国政機関の一つから勧誘を受けたことまで教える。もしかしたらいずれ水月にもその手が伸びる可能性があったからだ。


「実はダンジョンの気配ってもんがあってね。それを感じたから学校から飛んできたってわけ」

「そ、そんな感知能力まで持ってるん?」

「元々敏感だったみたい。それで何となく気配を辿ると、近くに九馬さんの自宅があった。そこで今日、九馬さんが学校を休んでるって話も聞いてたから、もしかして巻き込まれたりしてないかなって思ったんだ」

「そ、それって……あたしのこと心配してくれた……ってわけ?」


 少しだけ頬を赤らめて上目遣いで尋ねてきたので、「もちろん」と即答する。


「! ……ふ、ふぅん、そっかぁ。そうなんだぁ」


 沖長から視線を外して手持無沙汰のように、指で自分の髪の毛をクルクルと弄び始める。


「結果的にこっちに来て正解だったよ。本当に無事で良かったし」

「え、えと……その……ありがと」

「ううん、できればもっと早く駈けつけてれば良かったんだけどね」


 可能なら水月が公園に入る前に捕まえておきたかったが、こればかりはもう仕方ない。


「……で、でもさ、まだ知り合ったばっかだし、いや、あたしはもう友達だって思ってるけど、よく授業をサボってまで助けようって思ったよね。あたしだったら無理かも」


 確かにまだ数えるほどしか会っていないし親密度的にも低いだろう。しかし沖長にとっては、すでに無視できるような存在ではなかったので駆けつけたまでだ。


「九馬さんはちゃんとした友達だぞ。だから困ってたら助ける。当然だろ」

「うわ……そういうこと言える人なんだぁ」

「? 何かおかしい?」

「別におかしくないけど…………まあ、ナクルが心配する理由が分かったって言うかぁ」

「あ、そうそう。そこでもう一つ教えておくけど、九馬さんが知ってる奴で勇者が一人いる」

「へ? いやいや、もうお腹いっぱいだって! てーか、あたしが知ってる人? 一体誰なんそれ!?」


 水月にしてみれば矢継ぎ早に情報を注ぎ込まれて混乱状態だろう。仕方ないが伝えるべきことは伝えておかないといけない。


「……ナクルだよ」

「え…………ええぇぇぇぇぇっ!?」


 恐らく近所迷惑になるほどの大声を彼女が上げた。


「う、嘘でしょ! ナクルが勇者!?」

「ちょ、ちょっと落ち着いて九馬さん」

「落ち着いて何かいられないってば! 最近友達になったばっかの子たちが揃いも揃ってファンタジーの住人だってんだもん!」


 まあそう言われれば何も言えない。沖長だって水月の立場なら夢かと思うほどの衝撃告白ばかりなのだから。


「やっぱ信じらんないって! ダンジョンとか勇者とか、しかもそんな世界にあたしも片足突っ込んでるとかってさ!」


 片足どころか、〝ある存在〟に見つかっていたらどっぷり浸かることになるのだが。


「……しょうがない。じゃあこれちょっと見て」


 明確な証拠というものを現在水月に示していない。だから明らかに異常な現象をこの場で見せれば、納得せざるを得ないと考えた。

 沖長は《アイテムボックス》から紅蓮から回収したオーラを取り出す。ちなみにその量はゴルフボールほど。


 突然目の前に見たことないエネルギーの塊が出現したことで、水月はポカンとしたまま固まる。


「これはオーラって呼ばれるエネルギー。妖魔と戦うのに必要不可欠な力って言えばいいかな」

「オーラ……って、あの生命力とか気とか呼ばれるアレ?」

「そうそう。そんでこのオーラを扱えるようになれば――」


 沖長はポケットに入っている財布から十円玉を取り出すと、それを空中に放り投げ、ソレに向けてオーラを弾き飛ばした。

 するとオーラが十円玉に激突した瞬間に小さな爆発音を起こし弾ける。同時に十円玉は物凄い勢いで飛んで行き、壁にぶつかってそのまま床に落ちた。

 その十円玉を拾い上げて、いまだ唖然としている水月に見せつける。


「こんな感じで攻撃に転じさせることができるんだよ」


 十円玉はその衝撃からか、若干凹んでしまっていた。手加減してこれだ。本気で放てば壊すことも可能だろう。


「…………ナクルも……できるん?」

「ナクルはすでに勇者として覚醒していて、ダンジョン主を単独撃破できるくらいに強いよ。オーラも勇者特有のものを持ってて、俺とは比べ物にならないしね」

「そ、そうなんだ…………ホントだったんだ」

「ようやく信じてくれた?」

「だ、だって今のを見せられたら……それによく考えたら、ここまでしてくれる札月くんが嘘を言うとも思えんし」


 だから思った以上に深刻な状況だということを察したのか、今度は明らかに不安気な表情を見せていた。



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