第132話
「いやぁ、大満足でしたよ、夜風さん、連れてきてくれてありがとうございました!」
ホクホク顔で店から出てきた沖長は、真っ先に夜風に礼を述べた。
「ふふ、本当に楽しそうだったわね。喜んでくれたようで何よりだわ」
「もう間違いなくリピーターになりますよ! それに紅茶も美味かったし最高でした!」
「それなら良かったわ。まあ、今日はちょっと騒がしかったけどね」
「あー確かにそうでしたね。何か急に女の子の叫び声が聞こえたりして」
ああいう客とは関わり合いにならない方が良いと思い、耳だけを傾けていたが、ただやはり気になるのはどこかで聞いたような声だったことだ。
(それにナクルの声もしたんだよな……まさかな)
途中で店から出て行ったので、結局その顔を確認することはできなかったが、こんなところを知っているなら、まず猫好きだと知っている沖長に教えてくるはずなので、恐らくは人違いだとは思うが。
それに今日、誰かと出かけるという予定も聞いておらず、今は自宅でのんびり過ごしているはずだから。
夜風から「この後はどうする?」と尋ねられたので、せっかくだからと今度は彼女が行きたいところに行くことになった。
それならと夜風は、近くにある商店街をブラブラとした後、夕方になる頃には彼女の自宅まで足を運んでいた。
「今日は楽しかったです、夜風さん。ありがとうございました!」
「ううん、こっちはお礼だったんだから気にしないの。それよりもその……」
何だか言い辛いことがあるのか、「何でも言ってください」と話しやすい空気を出した。
「……えっとね、その……また、今日みたいに一緒に出掛けてもらえる?」
「もちろんですよ。何ならまた猫カフェに行きましょ!」
「! ……うん! じゃあね、沖長!」
機嫌よく手を振りながら家の中へと消えていく。沖長は彼女が帰宅したのを見届けたあとに踵を返す。
すると視線を感じたので確認する。そこは夜風の自宅であり二階の窓からだった。しかしカーテンに閉ざされていて、そこには誰もいない。
気のせいかと首を傾げていると、スマホが震えた。
「……羽竹からか」
長門からの長文でメッセージが送られてきていた。
その内容は、先日彼に対し教えて欲しいと言った返答。
これから起こる物語における次なるイベントの詳しい状況説明だ。漠然とは聞いていたが、もうすぐそこまでイベントが迫っていることから、事細かな部分についての情報を知っておこうと思ったのである。
例の九馬水月に関するイベントだ。沖長は何とか悲劇的な結末を避けたいと考えている。
ただ長門でもハッキリした日付は分からないとのこと。きっかけはやはり彼女の母が仕事場で怪我を負うことであり、それも詳しい日程は定かではない。
しかし間違いなく夏休みに入る前には起こり得るということであり、あまり悠長にはしてられない。
(もうこうなったら直接本人に聞いた方が……いや、やっぱ壬生島の調査力に頼って……)
そう考え込みながら角を曲がると、目前に立ち塞がった人影があった。しかも二つ。
その二人を目にして思わずギョッとしてしまった。
「ナ、ナクル? そ、それに九馬さんも? 何でここに?」
それまでの考察が一気に吹き飛んで困惑してしまう。こんなところでナクルと会うと思っていないし、ましてや今考えに上がっていた本人である水月と遭遇するなんて想像だにしていなかったからだ。
「べ、別に? ちょっとボクたちは二人で散歩してただけっスから。だから別にオキくんのあとをつけてたわけじゃないッスよ?」
何だか苦しい言い訳のようなことを言い出したナクル。
(つけてたな、コイツ……)
もしかしたら沖長の知らない間に、二人で遊ぶ約束でもしていたのかもしれない。その最中で沖長を見つけたナクルが尾行したといったところだろうか。
隣で水月は苦笑を浮かべながら「ごめんね」と謝っている。別に怒っていないが、流れ的にはナクルが彼女を無理矢理尾行に誘ったのかもしれないと考えた。
「まあいいけど……ていうか二人ってそんなに仲良かったっけ?」
聞けば先日の家庭科室で連絡先を交換してからちょくちょく昼休みに遊んだり、メッセージアプリでやり取りしたりして親交を深めていたとのこと。
(さすがナクル、もう一緒に出掛けるくらいまで仲良くなったのか。コミュ力がパないな)
誰ともすぐに仲良くなれるのは一種の才能だと沖長は思っている。こんな時代だからともすればリスクもあるが、一応人を見る目もあると思うので大丈夫だろう。多分。
「そ、それよりもオキくん!」
「何だよ?」
「オキくんこそ、こんなとこで何してたんスか!」
まるで問い詰めるような圧を感じるが、何故そんなに必死なのか……。
「夜風さんと出かけてたんだよ」
「わわ、素直に言っちゃうんだ」
別に隠すことでもないので言うと、どういうわけか水月が驚いた様子を見せた。
「むむむぅ……何でボクも誘ってくれなかったんスか!」
「いやだって、夜風さんが二人きりがいいって言ったからな。それにお前だって九馬さんと遊ぶ約束あったんだから結果的に良かったわけだし」
「それもうデートじゃないッスか!?」
「デート? あー……」
確かに傍目から見たらそうかもしれないが、沖長は軽く笑ってしまう。
「んなわけねえだろ。俺はまだ小学生だぞ? そんで相手は中学生の夜風さんだ。デートなんて甘いもんじゃないよ」
心の底から思ったことを言葉にしたのだが、ナクルは今も頬を膨らませながら「むむむぅ……」と唸っている。
「なるほど、札月くんはそういうタイプかぁ」
対して水月は何かを納得したようにウンウンと頷いている。そういうタイプというのはどういう意味なのだろうか?
「何だかよく分からないけど、夜風さんには金剛寺の件でちょっと手伝ったことがあってな。それでそれが解決したからお礼でご馳走になったんだよ」
「…………ホントッスか?」
「俺がナクルに嘘吐いたことあるか?」
「……ないッス」
「だろ? だからそんな膨れた顔するなって。な?」
そう言いながらナクルの頭を撫でてやると、彼女は気持ち良さそうに目を細めている。
「うわぁ……札月くんって、もしかして女たらしなの?」
「おいこら、何でそういう評価になるんだよ。どっちかっていうとそういうのは金剛寺だろうに」
「いやだって……ねぇ」
ねぇ……と言われても、こちらとしてはいつも真摯に対応しているだけだ。あの金剛寺みたいに女子を侍らせているわけでもないし、そうしたい欲求もまたない。
(……! そういやこの状況、利用できるかもな)
そう判断し、沖長は水月に質問を投げかけることにした。
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