第131話

「おぉ~、ブチャカワ代表のエキゾチックじゃん。何だよお前~、可愛い奴だなぁ」


 鼻が極端に短くて、それでいて潰れているような感じだ。加えて丸い瞳にどっしりとした体型が非常に愛らしさをかき立ててくる。犬でいうとパグやブルドッグなどと同じいわゆるブサカワと呼ばれる立場にあり、温和で人懐っこい性格が多く人気がある種だ。


「ほれほれほれほれ~」


 頭や喉周辺、尻尾の付け根などを撫でてやると、気持ち良さそうに目を閉じて荒い鼻息で応えてくれる。

 すると「ふふふ」と対面に座っている夜風がこちらを見て笑っていたので、「どうかしましたか?」と尋ねた。


「ううん、猫好きって聞いてたけど、物凄いデレてるなぁって思ってね」

「あー……すみません、つい」

「いいのよ。楽しんでもらうために連れてきたんだし。そうだ、アタシもあの子と遊んで来ようっと」


 そう言うと、夜風は少し離れたキャットタワーで寛いでいるペルシャ猫へと近づいて行った。


(いやぁ、でも天国だなぁココは)


 猫好きにはたまらない。よくぞオープンしてくれたと、常連のレールに乗ることを決めたくらいに気に入った。

 夜風も楽しそうに猫たちと戯れているようで何よりだ。


(アイツが引きこもって、また辛い思いをしてるかもって思ってたけど、意外に平気みたいだから良かったな)


 引きこもりとはいえ、自分の手の届く場所にいるということが彼女を安心させているのだろう。本当に姉の鑑みたいな人である。


「ひゃわわっ!?」


 その時、店内に甲高い悲鳴が響き、思わずそちらに視線を向けるが、「お客様どうかしましたか?」と店員が一早く駆けつけていたようで、今はその店員の背中しか見えない。


「だ、大丈夫です! いきなり猫ちゃんがこの子に飛びついただけで!」


 どこかで聞いたことのあるような声だったが、どうやら猫の突飛な行動に対し驚いてしまっただけのようである。

 あまりジロジロと見るのは失礼だと思い、沖長はエキゾチックを愛でることに意識を戻した。



     ※。



 水月が店員に説明したあと、店員もホッとした様子でその場から去って行く。


「はぁ、いきなり大声あげるんだもん。ビックリしたよ、ナクル」

「はは、ごめんッス。けどいきなりこの子が飛びついてきたから……」


 床に座り込んでいるナクルの膝の上には先ほど沖長も注目していたロシアンブルーが乗っている。すでにここは我が領地とも言わんばかりにゆったりとしていた。


「この子、可愛いね。毛並みも綺麗だし」

「そうッスね。触ってみるッスか?」

「うん、じゃあちょっとだ……」


 水月が発言を途中で止めた理由は、伸ばされた彼女の手をロシアンブルーが猫パンチで払ったからだ。

 思わずその場に沈黙が流れ、ナクルも固まっている。


 そんな中、水月が再び撫でようとチャレンジするが、ペシッ、ペシッ、ペシッと、何度も触るなと言うように払いのけてきた。


「…………え、えっと……水月ちゃん?」


 どこか申し訳なさそうという感じを秘めた声音で問いかけるが、水月は再度ロシアンブルーの死角をついて手を伸ばすが――。


「シャァァァァ!」


 今度は明らかな威嚇をもらうことになってしまった。再び訪れる静寂。どう言葉をかけていいかナクルも分からないようで目が泳いでしまっている。


「…………ナクル、あたしこの子に何かしたかなぁ?」


 能面のような表情で尋ねてくる水月に対し、ナクルは慌てて「そ、そんなことはないッス!」と全力でフォローする。


「ほ、ほら、猫って気まぐれって言うッスから、たまたまこの子はその……苦手なタイプだったんスよ!」


 それはナクルにとっては慰めているつもりだったが、グサッと言葉が突き刺さった水月は膝を折った。

 自分の発言で消沈したことに慌てたナクルが、近づいてきた一匹の猫を抱っこして水月に差し出す。


「ほ、ほら! この子ならきっと大丈夫ッスよ!」


 そう言われ、水月も期待を込めた様子で手を伸ばすが――ペシンッ!


「「…………………………」」


 またも沈黙が流れてしまい、ナクルはまた違う猫が来たので同じように差し出す。


「シャァァァァッ!」

「「…………………………」」


 最早言葉にすらできないほどの散々たる結果だった。


「………………ふ……ふふふふふふふふ」

「み、水月……ちゃん? 大丈夫ッスか?」


 突然顔を俯かせて小刻みに身体を震わせて笑う水月に恐怖を抱くナクル。

 すると水月はおもむろに立ち上がり拳を強く握る。


「いいよ、やってやろうじゃんか!」

「へ?」

「このままあたしが泣き寝入りすると思ったら大間違いだからね! ぜ~ったいに全猫を、このあたしの魅力でメロメロにしてあげるから!」


 半ば自棄になった様子の水月。彼女から発せられる異様なオーラを感じ取ったのか、益々猫たちは離れていく。


「待ちなさい! このあたしの何が不満だってのよおぉぉぉ!」

「ちょ、水月ちゃん! 落ち着くッス~!」

「こうなったら何が何でも撫でてやるからぁ! 見てなさいよぉぉぉ!」

「「「「シャァァァァァァァァァッ!」」」」


 今この時、一人の少女と猫たちによる戦争の火ぶたが切って落とされた。

 しかし数秒後、店員に注意を受けた彼女たちは、居たたまれない様子で店から出ることになるのだが……。




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