第117話

「……はい? ちょっと待って、金剛寺と肩を並べるくらいに人気が高いって……嘘だろ?」


 まさかの水月の発言に、思わず目を見張って聞き返してしまった。


「ほんとだよ? だって成績も良いし、運動だってできるし、何よりも金剛寺くんと違って男子にも人気だからね」

「そ、それは喜んでいいの……か?」


 男に人気があると言われて素直に嬉しいとは思えないのは何故だろうか。


「あたしは女の子だけに好かれる男の子よりも、男子にも人気な男の子の方が魅力的だと思うよー」

「当然ッス! オキくんは、金剛寺くんみたいに差別したりしないッスもん!」


 確かに金剛寺は男子と距離を取る。そして可愛い女の子限定で優しくしている。言葉は悪いが、普通の女子には視線も向けないという男の欲望に真っ直ぐな奴なのだ。それが男子人気を下げている理由である。


 対して沖長は、どんな人にも平等に接し、困っていたら話を聞いたり手伝ったりするので、多くの男女の好感度を上げているというわけだ。本人はそんなことを意識したつもりなどないが、一応大人の経験者として放っておけずに、つい首を突っ込んでいるというのが真実ではある。


 二人は意気投合した様子で、顔を見合わせて「「ね~」」と言い合っていた。もしナクルの物語が好きな人がいたら、この光景を見てどう感じるだろうか。何せ最初は敵同士で、後に親しくなっていくのが原作だが、こうして初対面からすでに打ち解けている姿を見て、様々な思いを抱く人たちもいるのではと思った。


「それに金剛寺くんみたいにいろんな女の子に声をかけるような人はあんまり好きじゃないかなぁ」

「? ……九馬さんはアイツに声を掛けられたりしなかったのか?」

「してきたよ。ていうかずっと前から何度も、かな」


 その返答を聞いて「おや?」と沖長は首を傾げた。

 何故ならだとするなら彼女もまた、他の女子のように金剛寺の魅力に負けて心を奪われているはずだと思ったからだ。

 しかし彼女は金剛寺を苦手としている様子。これは一体……。


「あーっ、そういえばオキくん!」

「ん? 何さ?」

「今日ってカレー作ったって聞いたッスよ! ちゃんとボクの分も残してくれたッスよね!」

「……なるほど、ここにやってきたのはそれが目的だったか」


 食べる人であるナクルが昼休みに入ってすぐにやってきた理由が判明した。


「給食だって食べたんだろ? なのにまだ食うのか?」

「オキくんの料理を別腹ッス!」

「それはデザートに対して言う言葉じゃ……。まあ一応タッパーに入れといたけど」


 先生に頼んで、余ったカレーを持ってきていたタッパーに詰めさせてもらったのだ。残念ながらポテトサラダは大人気で残りはしなかったが。


「おぉ! さっすがオキくんっ!」

「わわ……カレールーだけで食べてるし……」


 すぐに沖長からスプーンとタッパーを受け取って食べ始めるナクルを見て、花も恥じらうべき少女にあるまじきそんな行動に明らかに水月が引いている。


「まあナクルだからな。それよりもそろそろ休み時間も終わるし自分の教室に戻った方が良くない?」

「へ? あ、もうこんな時間!? いやぁ、つい楽しくて時間を忘れちゃってたよー! あ、そうだ! 良かったら連絡先交換しない?」


 別に断る理由もないので、ナクルを尻目に二人は連絡先を交換すると、そのまま足早に水月は家庭科室を出て行った。


(九馬水月……か。やっぱ放っておくことはできないよなぁ)


 仮に知り合わなければ放置していたかもしれない。だがこうしてどういう因果が連絡先を交換するに至ってしまった。ならば彼女の悲惨な未来を知っている立場として、そのまま見て見ぬフリをするのは気が引ける。

 となればどうにかして原作の流れを変える必要があるのだが……。


(金剛寺の件もあるし、次のダンジョン発生も迫ってる。いろいろ忙しいけど、何とか切り抜けないとな。……コイツのためにも)


 いまだに美味しそうにカレーを食べている可愛い幼馴染が悲しまないように。



     ※



 皇居は常に厳重な警備体制が敷かれている。

 ただ警備に当たっているのは現行の警察官ではない。


 皇族とそれに連なる者たちによって選定された腕利きの護衛官たちであり、そのほとんどが元自衛官や警察、中には海外で傭兵をやっていた者たちも存在する。


 ――『皇居警備隊』――


 そう呼ばれる彼らの仕事はたった一つ。その名の通り皇居を守護すること。

 常に銃火器を携帯することを許可され、全員が戦闘において腕利きであるその防衛網を突破することは容易ではない。


 以前にも皇居に侵入し金目のものを奪おうとした輩がいた。彼らは五人で活動していたが、皇居の防衛敷地内に入った瞬間に拘束され全員がお縄についた。

 これまでにも何度か不審者が入ろうとしたが、その目的を達成することなく終わっている。しかもその時間も平均で三分以内。それほどまでに警備体制が整っており、国家の象徴を脅かす事態まで至っていないのである。


 そんな絶対不可侵であるはずの皇居に、また一人侵入を試みようとしている少年がいた。

 日本人とは思えないような美麗な銀髪とオッドアイを持つ金剛寺銀河である。


 時刻は――深夜二時。


 本日は生憎雨天のために月が出ておらず普段よりは薄暗い。しかし当然皇居回りには街灯などの明かりはあるので警備にはまったく支障はない。

 ただ銀河は雨が降るのをジッと待っていた。確実にいつもより暗い上に、足音なども雨のお蔭で掻き消えてくれる。


 ここ連日、皇居回りをウロウロしていたのはこの時を待っていたからこそ。


「……よし、行ったな」


 皇居に入るには通常、幾つかの門のうちどれかを潜ることになるが、銀河は御所に一番近い半蔵門の傍に潜んでいた。

 そして巡回している警備員をやり過ごした後、すぐに侵入を試みようとする。


「確かこっち側だったよな、【樹根殿】があるのって」


 どうやら銀河の目的地は、皇居内に存在する【樹根殿】と呼ばれる施設のようだ。

 そのまま人気のない半蔵門を真っ直ぐ突っ切ろうとするが、当然門は固く閉ざされたまま。当然大人でも力ずくでどうにかできる門ではないし、たとえ破壊しようとしても時間もかかるし大きな音だって出るかもしれない。しかし銀河は諦めるでもなくニヤリと笑みを浮かべる。


「フフン、最強転生者の俺を舐めるなよ」


 すると銀河が何を思ったのか、壁に右手をそっと当てると、そのまま優しい手つきで撫で始めたのである。それはまるで愛しい者を相手にするかのように。


「さあ、俺のために動いてくれないか?」


 その直後、どういうわけか固く閉ざされていた門がひとりでに開いたのである。


「ククク、やっぱ最高だな、この俺の――《究極のナデポ》は!」


 誇らしげに胸を張る銀河は、そのまま素早く皇居内へと足を踏み入れた……が、その瞬間に意識がブラックアウトした。

 そして崩れる銀河の傍には、全身黒尽くめの人物が立っていたのである。



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