第57話

 四年前に日ノ部家にて一悶着を起こし、加えて問答無用に沖長に対して攻撃してきた赤髪の少年。

 彼とは接した期間は短いものの、その荒々しさと自己中心的な性格の持ち主だということは理解していた。


 そして、沖長や長門たちと同じ転生者だということも。

 あれから四年もの間、まったく音沙汰がなかったので街から消えたか、あるいは死んだのかと安堵していたものの、どうやらまだ生存していたようだ。


 しかし、ならば何故今まで介入してこなかったのかという疑問が浮かぶが、とりあえず今はさらに問題が増えたことに変わりなかった。


(ったく、せっかく羽竹が金剛寺を抑えてくれてるってのに)


 ナクルに執着するもう一人の転生者である金髪少年の金剛寺銀河もまた、原作開始には必ず介入してくると踏んでいた。余計な手出しをされては厄介なトラブルが起きるかもしれないと思い、長門に頼んで銀河を抑えてもらったのだ。以前バスケットコートで暴君ぶりを発揮する金剛寺を大人しくさせたあの力を使ってである。

 それなのにコイツの登場はハッキリいって迷惑以外の何物でもない。


「あぁ? ナクルと蔦絵はともかく、誰だてめえは?」


 できれば赤髪に見つかりたくはなかったが、こうなってしまっては隠れようもない。当然原作には存在しはないはずの沖長を見て訝しんでくる。


(あっちは覚えてないか。人を吹き飛ばしといて勝手な奴だな)


 公園にて謎のエネルギー弾を放ち沖長を弾き飛ばしたことなど記憶にないようだ。奴にとってはその程度のこと覚えておくようなことでもないらしい。やはり人としてどこか歪である。この四年でもまったくもって変わっていないらしい。


「おいてめえ、答えやがれ! てめえも転生者か!」


 さて、どうしたものか……。


 沖長の背後にいるナクルは「てんせい……しゃ?」と小首を傾げているが、ここで沖長の正体を知られるのは困る。いずれナクルには前世の記憶があることを教えてもいいと思っていいが、それは彼女がもう少し成長してからにしようとも考えていたからだ。


 ならここは上手く相手の思考を誘導することにしようか。


「……転生者? 何のことか分からないけど、ここは一体どこなんだ?」

「あん?」

「もしかしてお前はここに住んでるのか? じゃあ元の場所に戻る方法を教えてくれ!」

「……ここを知らねえ? 転生者なら【勇者少女なっくるナクル】のことを知ってるはずだよな。コイツ……ただのイレギュラーか?」


 転生者だからといって自分が知っていることを知っているとは思わない方がいい。たとえ前世では有名なコンテンツだったとしても興味のない人だっているのだから。

 まあ赤髪は自分を絶対的な基準として捉えているようだから、こちらとしては都合が良いが。


「ちっ、二次小説でもイレギュラーは付き物だが、めんどくせえなおい」


 それはこちらのセリフだと叫びたいが……。

 そこへ爆煙を切り裂きながら槍が飛んできた。向かう先は赤髪である。


「はんっ! んなもんでこの俺をやれると思うなよ!」


 向かってくる槍に右手を向けた赤髪。するとその手から青白い塊が放出され、槍と衝突すると相殺した。


「ちっ、互角かよ」


 などと気に食わない表情をする赤髪だが、沖長はやはり先ほど蔦絵を襲った塊が、以前自分が受けたものだということを確信した。


(それにしてもいまだに赤髪のアレが何なのか分からんな。まあ蔦絵さんの気を引いてくれてるのは助かるけど)


 その隙に、ナクルを大岩の蔭へと連れて行く。


「オ、オキくん、蔦絵ちゃんが……蔦絵ちゃんがぁ……」

「ああ、分かってる。一体何でナクルはこんなとこに?」

「それは……オキくんが部屋を出てってから、すぐに蔦絵ちゃんがお風呂から戻ってきたんス」


 内心で舌打ちをする。蔦絵がいないから、少しの間だけなら大丈夫だろうと判断してナクルを一人にしてしまった自分の落ち度だ。あれほど一人にしないようにしていたのに。


 けれど長門からこんな状況になることを聞いていたものの、どこか半信半疑だったのも確かだ。何せあの蔦絵がナクルと敵対するなどと考えたくなかったからだ。

 蔦絵はナクルのことを本当の妹のように可愛がっていた。原作では二人の仲はそれほど親密なものではなかったと長門から聞いていた。


 原作のナクルはどこか蔦絵に対して、いや、誰に対しても一歩引いて壁を作っていたから。しかしこの世界のナクルは違う。誰とも仲良くなり、蔦絵とは本当に姉妹のような間柄だった。 


 だからたとえ原作の流れが起こっても、蔦絵がナクルと傷つけないようなルートに入るのではと期待もあったのだ。しかしその希望は叶わず、原作そのままに進んでいるらしい。


 ナクルに「それで? どうなったんだ?」と続きを確かめる。


「いきなり空中にヒビが入って、そこから黒くてモヤモヤしたものが出てきたッス。それがボクの方にやってきて……蔦絵ちゃんが助けてくれて……」


 思い出しながら涙を流すナクル。自分を庇ったせいで、蔦絵が訳の分からないことになっていると考えているのだろう。


「庇った? 蔦絵さんがナクルを庇ったんだな?」

「う、うん、そうッスよ」


 どうやらナクルの認識に間違いはないらしい。


(……庇った……か。聞いてた流れとは違うな)


 原作ではココに繋がるゲートが開いた直後、その黒い靄が狙ったのは蔦絵であり、それをナクルが庇ったことでナクルがゲートの中に引き込まれる。そして黒い靄からナクルを救い出したのはいいが、今度はその直後に蔦絵が黒い靄に囚われてしまう。


(結果は変わってないけど、ほんの少しだけ原作から外れてるな)


 それがどういう意味合いを持つか今は分からない。そもそも結果が変わっていないのだから考えても仕方ないかもしれないが。


「蔦絵ちゃんが連れて行かれて、ボクは助けなきゃって思って……」

「それでココに飛び込んだんだな?」


 コクリと首肯するナクル。これであの場で何が起こったかは理解できた。


「オキくん、蔦絵ちゃん……大丈夫ッスよね?」

「……ああ、全力で助けるよ」


 そうだ。このまま何もしなければ、ナクルにとっての悲劇へと繋がる。

 他でもない。最初のナクルの悲劇はココで行われるのだから。


 そう、蔦絵の死によって――。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る