第56話

 できるなら今の自分の力がどこまで通じるのか、相手の特異性などを事細かに調べたいところだが、いかんせん時間が無い。ここは即時殲滅をしてさっさとナクルを探し出す必要があるのだ。


 すると妖魔が再びこちらに向かって飛び込んできた――が、今度は避けることはしない。すでに沖長の攻撃は〝終わっている〟からだ。

 妖魔が不意に自身の頭上に意識を向けた。そしてギョッとしたような反応を見せる。


 それもそのはずだ。そこには先ほど何もなかったはずなのに、突然巨大な岩の塊が浮いているのだ。しかもそれが重力に従って落下してくる。


 そのまま岩は直下にいる妖魔を押し潰し、その光景をジッと沖長が見つめていた。そして完全に倒したようで、何の動きもないことを確認しホッと息を吐く。


 突然出現した大岩は、当然沖長がもたらしたものだ。以前学校で山にハイキング、つまり遠足で行った時に発見した大岩を回収しておいたのだ。この大きさなら盾としても使えるし、今みたいに少し上空に出現させて対象を押し潰すこともできると考えてのこと。

 やはり回収しておいて正解だったようだ。


「よし、あとはナクルを――」


 再びナクルの捜索を続けようとした直後、少し離れた場所から爆発音が轟いた。


「あっちか!」


 すぐさま全速力で向かうと、その先に確かに自分が求めていた人物がいるのを発見する。

 しかし安堵しているのも束の間、空に浮かぶ槍のようなものがナクルへと迫ってくのを目にした。ナクルは腰を抜かしているのか、その場から動けないでいる。


 このままではあの槍にナクルが貫かれてしまう。

 ただ、〝原作〟を守るのならば、そのまま放置するのが正しい。アレでナクルが死ぬことはないからだ。しかしそれはあくまでも創作での話。


 大切な妹分が、死なないとしても痛い思いをすると分かって見守ることなど沖長にできるわけがなかった。


 故に――。


「――回収っ!」


 電光石火のごとくナクルの前に辿り着いた沖長。その目前に迫って来ていた黒い槍が一瞬にして消失した。


(よし、回収できたぞ!)


 実は半信半疑でもあった。明らかに普通ではなさそうな物体を取り込めるかどうかは不安だったのである。しかしこれで自分の力が不可思議な対象にも通じることが確定した。


「!? ……オ、オキ……くん?」

「ったく、ナクル。一人でこんなとこに来ちゃダメじゃないか」

「オ、オキくぅぅぅんっ!」


 沖長の姿を見て安心したのか、背に飛びついて泣きじゃくる。そんな彼女の頭をそっと撫でてやる。余程怖かったようでしがみつく力がとても強い。ちょっと息がしにくくなるほどに。


「もう大丈夫だ。絶対に守ってやるからな」


 その言葉でホッとしたのか、ナクルの力が少し弱まる。だがそこへ、またも中に浮かんでいる槍が飛んできた。


「!? ――回収」


 すぐさま沖長のテリトリーに入ってきた槍を回収する。

 そして沖長は、改めて警戒度を最大限にしながら口を開く。


「……さっきから自分のしてることが分かってるんですか?」


 沖長の視線が、当たり前のように宙に浮かんでいる〝存在〟へと向かう。


「答えてください――――蔦絵さんっ!」


 そう、そこにいたのは自分もまた良く知っている。いや、知っているどころではない。これまで四年もの間、師範代として慕ってきた七宮蔦絵なのだから。

 しかし彼女は目を閉じたまま。まるで眠っているかのように感情の揺らぎが感じられない。


(っ……マジで蔦絵さんもいたよ。しかも……)


 ナクルに攻撃を加えているのが蔦絵なのだ。何も知らされていなければ、沖長も困惑で満ちてしまい冷静な思考ができなかっただろう。

 しかしこの状況になることは事前に分かっていた。ただ、自分がナクルと離れた直後のタイミングで起きたことに対しては怪訝なものは感じたが。


 あの時、ナクルの傍には蔦絵がいなかったので、まだ安心していたが、少し楽観的だったことは反省すべきである。


「ナクル、少し離れてろ」

「え、でもオキくん……」

「あの人……いや、〝アレ〟の狙いはお前だ」


 沖長の視線は蔦絵……ではなく、彼女の周囲を覆う黒い影に向けられていた。

 するとその黒い影の一部が、蔦絵から離れて一本の槍へと形を変える。


(……あの槍は黒い影の一部だったのか)


 そこまでは長門から聞いていなかった。しかしこうして目にして、改めてここがファンタジーの物語の中なのだということを実感する.。

 そうこうしているうちに槍がこちらに向かって飛んできた。だがこうして目にしている間は沖長たちにその刃が届くことはない。当然またも回収したからだ。


 ただ、それでも蔦絵の反応は変わらない。自分の攻撃が不可思議に消失しているのに一切の反応がないのはおかしい。

 だから長門から聞いた話が真実なのだということも確定できた。


「……やっぱ蔦絵さんの意志じゃないか」

「え? オキくん、今何て言ったんスか?」

「いーや、何でもないよ。とにかくお前はそこから――」


 とりあえずナクルを岩の蔭に潜ませて少しでも危険から遠ざけようとしたその時だ。



「――――――ようやく介入できたぜぇぇぇぇぇっ!」



 そんな叫びとともに、どこからか青白い塊が物凄い速度で飛んできた。そしてそれが蔦絵に真っ直ぐ突っ込んでいき命中したのである。同時に小さな爆発も起きた。


「蔦絵ちゃん!?」


 ナクルが彼女を心配して声を上げる……が、それ以上に沖長は衝撃を受ける事実をその目にした。

 大岩の上に仁王立ちをしている人物。


 それは――。


「おいおい、ここで来んのかよ………………赤髪」


 できることなら二度と顔を会わせたくなかった人物――赤髪少年の再登場であった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る