第14話
スケジュール面や金銭面などの話があり、長くなるかもしれないというので、ナクルとともに道場見学へとやってきた。
「おぉ、柔道場みたいに畳になってるんだ」
これなら転んでもダメージは軽減できそうだ。
(そういや昔、体育の選択授業で柔道やったなぁ。懐かしい)
とはいっても元々貧弱体質だったので、組んでは投げられ組んでは投げられ、まったくの良いところはなかった。ただ受け身だけは先生に上手いと褒められたことを思い出す。
「――あら、ナクルはどうしたのかしら?」
不意に背後から聞こえた声にドキッとして振り向くと、そこには蔦絵が立っていた。
(ビックリしたぁ。まるで気配なんてなかったんだけど……)
そういえば住み込みをしていると聞いてはいたが、やはりこの人も古武術を習っているのだろうか。そもそも住み込みをしている理由が分からない。
思考に耽っていると、ジッと蔦絵に見つめられていることに気づく。そこで自分が質問をされていたことに気づく。
「あ、え、えっとナクルはちょっと奥に!」
「奥? ああ、更衣室かしら? でもどうして……」
彼女が疑問を浮かべていると、奥にある扉が開き、中から道着を着用したナクルが登場した。
「ジャジャーン! きがえてきたッスよー……って、あれ? ツタエちゃんがどうしているんスか?」
ナクルもここに彼女が来ることは聞いていなかったようで小首を傾げる。
「ふふ、私はお目付け役よ。ナクルが無茶させないようにってね」
「むぅ、そんなことしないッスよ!」
心外だと言わんばかりに頬を膨らませている。
「けれどナクル、今日はいつも以上に興奮していたからね。まあその理由は分かったけれど」
チラリと蔦絵がこちらを見ると、ナクルがあわあわと真っ赤な顔をしている。
(へぇ、この人、どこか近寄りがたい雰囲気だったけど、そんなでもなかったな)
こうしてナクルをからかう様子を見るに、何だかナクルの姉のような感じだ。茶目っ気があって親しみやすいと思わせる。
「それで? ナクルのボーイフレンドくん?」
今度はこちらに矛先を向けてきた。対してナクルは「ボ、ボボボボッ!?」とパニック状態である。
「あの、それ彼氏って意味ではないですよね?」
「あら、彼氏じゃないの?」
「違いますよ。ナクルとは会ってまだ二回目ですし」
「うーん、恋に時間は関係ないとお姉さんは思うなぁ」
「それは同意しますけど、それ以前に恋を知るには俺たちは幼いと思うんですけど?」
「…………」
「? どうかしましたか?」
物珍しいものを見るような視線を向けている蔦絵。
「……君、本当にナクルと同じ六歳なの?」
そこでまたやってしまったと思ったが、ここで誤魔化すのはさらに悪化しそうなので、もうこういう子供だということを全面的に推し出すことにした。
「あはは、子供らしくないってよく言われます。でも間違いなく子供ですよ」
「でも……」
「子供です」
「だ、だけど……」
「子供なんです」
「…………」
「子供ですからね?」
「…………ふぅ。分かったわ。これ以上追及はしません」
どうやら勝ったようだ。こういう時、有無を言わさぬ頑固さを見せた方が勝つことを知っていた。相手にこれ以上は面倒くさいと思わせたら勝利なのである。
「んーもうっ! ふたりだけではなしてズルイッス!」
突如ナクルが不機嫌さを爆発させる。確かにナクルを空気にし過ぎたかもしれない。
「はは、ごめんな、ナクル。それよりもその道着、やっぱり似合ってるね」
「! ……そ、そうッスか?」
前に一度見たけれど、子供の道着姿って微笑ましさが倍増する気がする。
「ん、道着って普通は凛々しく見えるけど、今のナクルは可愛らしいよ」
「! えへへ~、うれしいッス~!」
そう言いながら今度は満面の笑みで抱き着いてきた。この子は抱き着き癖があるのだろうか。
「……沖長くん、だったかしら。君……将来が怖いわ」
何故か蔦絵に将来を危ぶまれたが、その理由がまったくもって分からない。今の一連の流れでどうしてそんな見解に至ったのだろうか……。
「ところでナクル、沖長くんに道着姿を見せるためにここに来たのかしら?」
「ううん! ボクがしゅぎょうでやってることをみせてあげたくて!」
「なるほど。……! ならせっかくだから私と組手をしてみる? いつもやってるみたいに」
「いいんスか!」
「ええ、いいわよ。沖長くんもいいかしら?」
「はい。俺としてもどんな感じで組手をしてるのか分かるし助かります」
そう答えると、少し待っていてと言われ先のナクルのように奥へと消えて行った。
「……なあ、ナクル?」
「なんスか、オキくん?」
「あの人……七宮さんてどういう人なの? ここで住み込みしているみたいだけど」
「ツタエちゃんは、パパのおでしさんッス!」
「弟子? つまり門下生ってこと?」
ナクルがコクコクと頷く。
「ツタエちゃんはスゴイッス! まだこうこうせいなのに、もうしはんだいなんスから!」
「え、高校生!? ……マジか」
あの大人びた見た目や所作から、てっきり二十歳くらいだと思った。女性にとって上の年齢に見えるというのは失礼に値するだろうが、別に老けて見えたというわけでは決してない。ただ、高校生には見えないというだけだ。……あれ、これ同じことか。
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