第9話

「ボクは……ね、イヤ……なんス」

「嫌? 古武術が?」

「か、からだをうごかすことはすきッス。でも……ひとをきずつけたりするが……こわくて」


 なるほど。聞けばもっともな理由である。この子はまだ幼い少女なのだ。それなのに武道ではなく武術。極めて戦闘に特化した武は、元々は人を制するためのものだろう。


 そんな危険な習い事を、こんな少女が好き好んでやる方が珍しいというものだ。精神的に大人である自分でさえ、誰かを傷つけるようなスポーツは身を引いてしまう。


 それは剣道や柔道に至ってもそうだ。自分のせいで誰かが怪我を負ってしまうと思うと萎縮する。だからボクシングなんてもっての外、絶対に進んでやりたくはない。


「……でも……ウチをつぐのは……ボクだけ……だから……。でも……ボクはもっと……ふつうにくらすのがよくて……。ともだちをいっぱいつくって……どこかでかけて……。でもまいにちしゅぎょうだし……」


 これはまた面倒な一家に生まれたようだ。家が古武術を伝えているということは、古くから脈々と受け継がれてきた家系なのだろう。それを途絶えさせないためにも後継者は必要になってくる。


 血を遺す、技を遺す、名を遺す。


 色々あれど、結局は人のワガママだと沖長は思う。

 先人たちが伝えてきたものを後世に遺し続けること。それは確かに大事なことなのかもしれない。けれどそれを未来の子どもたちに強要させるのは、大人たちのワガママでしかない。


 遺さなければ世界が滅ぶなどの大事を招くならともかく、家の誇りや偉業を語り継ぎたいだけなら他にもやりようはあるはず。

 嫌がる子に無理矢理押し付けても、それはいずれ負の連鎖を生んで、取り返しのつかない過ちになってしまう恐れだってある。


(とはいったものの、歴史のある家の重責だってあるだろうしなぁ)


 それまで積み重ねてきたものを自分たちの手で崩したくないと思うのは当然。だから次代に委ねていく流れは自然なのかもしれない。

 けれどこうして実際にその重みに苦しんでいる子を見ていると、やはりここは見捨てることはできないと思った。


「嫌なら嫌って言えばいいと思うよ」

「え?」

「俺は……少なくとも後悔したくない人生を送りたいって思ってる」


 前世ではいろいろ言い訳して挑戦さえしてこなかったことがたくさんある。だから今世ではやりたいと思ったことは全部やろうと思っている。


「君も、ワガママを言うべきだよ」

「で、でも、そんなことしたら……パパたちにめいわくかかっちゃうッス……」

「別にいいでしょ、迷惑かけても」

「え?」

「だって、それができるのが家族だろうしね」


 そもそも身内なんだから、迷惑を迷惑と思わない可能性の方が高い。特に子供相手なら、親として迷惑なんて捉えないこともはずだ。


「かぞくに……めいわくかけてもいいッスか?」

「あまりにも自分勝手な理由で、誰かを傷つけるような迷惑は家族相手でもダメだろうけど、君のは違うだろ? 君はただ、親のために自分を押し殺してるだけ。自分の気持ちに蓋をして言いたいことを言えない。そんなの……俺が親だったら嫌って思うけどな」

「イヤ……なんスか?」

「だって自分の子供が本当にやりたいことができない人生を送るなんて、親として間違っているし、そんなの望まないと思う」


 あくまでも主観的な意見ではあるが、それでも親なら子供を優先するべきだと思っている。子供の身だけではない。子供の心を守ることこそが親の務めであってほしい。


「だからちゃんと言葉にするべきだと思う。君の両親が優しい人たちなら、きっとその想いに真正面から答えてくれるから」

「や、やさしいッス! ママはいっつもえがおであかるくて、パパはちょっときびしいときもあるけど、つよくてカッコよくてやさしいッス!」


 その言葉だけで彼女がどれだけ両親のことが好きなのか伝わってくる。これならきっと正直に話しても変に衝突したりはしまい。


「そっか。じゃあ大丈夫さ」

「う……でも……」


 目を伏せる彼女に「怖い?」と尋ねると、コクンと頷く。この子はきっと親の期待に応えたがる性格なのだろう。いや、親だけでなく誰かのために何かをしたいタイプ。


(いい子だけど、それが行き過ぎないといいけどな)


 誰かのために動ける人は素晴らしい人格者だ。しかしともすれば自己犠牲が強い人物になりかねない。自身を顧みず傷つけたとしても誰かを守るというのは、守られた側からしたらたまったものではない。


(まあ、まだ子供だし問題視するようなことじゃないけど)


 それよりも今は、現状をどうするかが必要。


「だったら俺が一緒に行ってあげるって言ったらどう?」

「い、いっしょに? き、きてくれるッスか?」


 断られることも覚悟の上で聞いたが、意外にも好感触のようだ。少し不用心な気もするが、そこらへんはあとで言いつけておこう。


「別にいいよ。こうやって知り合ったんだし、少しくらいは手を貸すよ」


 すると彼女が、目を潤ませながら沖長の袖をチョコンとつまんできた。


「……いっしょに…………きてほしいッス」


 そんな仕草をどこで覚えたというのか。もしこの子が大人になったら、あざとさ全開の魔性の女になりそうだ。


「はは、分かったよ。じゃあさっそく行こっか?」

「! はいッス!」


 とても良い笑顔を見せてくれた。


「あ、そういやまだ名乗ってなかったけど、俺は札月沖長。君は?」

「ナクル…………日ノ部ひのべナクルっていうッス!」


 それが転生者――札月沖長と、この世界においての重要人物――日ノ部ナクルとの初めての邂逅であった。

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