第8話
土手を越えて住宅街まで逃げてきた沖長は、そのまま近くにある公園まで行って、そこにあるベンチに少女と座った。
「はい、良かったらこれどうぞ」
そう言って、《アイテムボックス》から取り出したスポーツドリンクが入ったペットボトルを差し出した。
「え? あ、ありがとッス……って、これいまどこからだしたんスか?」
「ポケットからだよ。ほら、俺のポケット大きいから」
現在来ているパーカーの腹部にあるポケットを見せる。確かに大きいしペットボトルくらい入るので納得してくれたようだ。
同じようにもう一本の小さめの茶が入ったペットボトルを取り出して飲む。
(うん、やっぱりこの画面は見えてないみたいだな)
前に自室でリストを確認中に葵が入ってきたことがあったが、咄嗟に消したもののタイミング的には目撃していてもおかしくなかった。しかし葵は何も不思議がってはいなかったことから、もしかしたらこれは自分以外には見えないのではないかと疑問に思ったのだ。
だから今、ちょうどいいから試してみた。どうせ初対面だし、見られても口八丁で誤魔化せる子供相手だからと考えて。
そして結果は今もリストは出しっ放しにしているが、一切そちらに興味を示さないところを見て、リストが自分しか目視できないことを明確にできた。
ただ操作している時は気を付けないと、何もないところを指でなぞっている変な奴だと思われてしまうが。
受け取ったスポーツドリンクで喉を潤しながら、こちらをチラチラと見つめてくる少女。どうやら人見知りの気があるようだ。こちらから話かけた方が良さそう。
「あの二人は知り合い?」
「う、ううん、ちがうッス」
「でも何かナクルって名前呼んでたけど……ナクルって名前なのかな?」
「はいッス……でもほんとにどうしてボクのなまえをしってたのかしらなくて……どこかであったのかな……?」
記憶を探るように眉をひそめているが、やはり心当たりはないらしい。
となるとあの二人は一体どういう奴らなのか……。これはマジでストーカーという予想が当たっているかもしれない。
しかも二人もいるとなると、この少女が哀れに思えてくる。
(まだ幼いのにストーカーが二人かぁ……壮絶だな)
そんな人生、たとえモテるとしても嫌だ。何せあんな暴虐的な連中なのだ。こっちから願い下げである。
「あ、あの!」
「ん?」
「そ、その……えと……さっきはその……たすけてくれて…………ありがとうッス」
段々尻すぼみになる言葉だが、確かに感謝の言葉は伝わってきた。
「いいっていいって、俺もたまたまあそこにいただけだし。無事で良かったよ」
「そ、そうッスか……えへへ」
初めて見せる彼女の笑顔に思わず感嘆する。とても愛らしい魅力的な笑顔だったからだ。
確かに可愛いし、あの二人ではなくても好意的に見られるのも頷ける。
「あ、でもあのあかいかみの子、いきなりきえたッスけど、どうしたんスかね?」
「ああ、アイツなら落とし穴に落ちていったんだよ」
「え? お、おとしあなッスか?」
「そうそう。今頃穴の中で伸びてるんじゃないかなぁ」
あの時、沖長がやったこと。それは目前の地面の〝回収〟。そうすることで深い穴を形成することが可能となり、その上を通った赤髪少年は真っ逆さまに落下したというわけだ。
そんなに深く作ってはいないので、這い上がるくらいは自力でできるはず。
(それにしてもあの赤髪、驚くくらいに傲慢だったなぁ)
自分のことを選ばれた主役なんて言うとは、余程自分に自信があるのだろう。大金持ちの上、周りはこびへつらう使用人たちだけ。そしてだだあまに甘やかす両親に育てられたというところだろうか。
そうでもなければあんなふうには育たない気がする。
(まああとはアニメの影響とかだけど……それでもさすがに人を平気で殴ったりしないだろうしな)
恐らくは前者の考えが正しいのではと思う沖長だった。
「ところでその服……柔道か何かの道着?」
「えっ……あ、これは…………ウチの道着で」
「ウチの道着? ……もしかして家が武道とかやってるってことかな? どんな?」
少し興味が湧いたので聞いてみると、笑顔を崩してまたあの寂しそうな表情を見せる。これは地雷だったかと後悔するが、少女はそのまま続けてくれた。
「ウチは…………古武術をやってるッス」
「こ、古武術? それはまた珍しいなぁ」
実際今までの経験上、そんな知り合いには会ったことが無かった。
古武術、何て男心をくすぐるワードだろうか。必殺技とかあるのかなと、内心ワクワクが止まらない。
ただ古武術を口にした少女の顔色が優れない。
「……何か悩んでることがあるの?」
「え? そ……それは……」
言い難いことなのか口を噤んでいる。もっとも初対面の男子に弱音を吐くことなんて難しいかもしれない。
「まあ無理に聞くつもりはないけど、話したらちょっとは楽になることもあるぞ」
少しだけ背中を押してやることにする。何だかこのままだと無理に抱え込んで自爆しそうな感じがしたからだ。
すると少女はしばらく沈黙していたが、意を決したように語り始めた。
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