第6話

 家中のものを〝回収〟した結果、また新たな事実が判明した。

 それはやはり金銭的価値が高ければ、ランクが上がるというもの。


 今回の回収物の中で、〝Eランク〟に位置付けされたものが幾つかあった。

 悠二の部屋にて手に入れたものの中に高級腕時計があったのだが、それは時計メーカーの中でも有名なブランドのものだったのだ。


 価値にして――二百五十万円。しかも元々数が少なく現在まだ高騰中のようで、今後もまた値が上がる可能性が高いとリストのテキストに書かれていた。

 ランクは金銭的価値もそうだが、稀少度など考慮された上での評価のようだ。


 そして次はタンスやクローゼットなどを〝回収〟すれば、その中身も一緒に無限化することができるということ。

 つまりこれはやりようによっては、複数のものを一気に複製することができることを示している。


(じゃあ建物を〝回収〟したらどうなるのか……)


 気になるところではあるが、それはまた今度の機会にしよう。

 最後にこれが一番驚いたことだが、カップアイスを取り出した時のことだ。 


 大分時間が経っていたはずだというのにもかかわらず、少しも溶けてはいなかったのである。

 もしかしてと思い、キッチンへと向かいポットから熱湯をコップに注ぎ、そこに氷を数個ほど投入してすぐに〝回収〟した。


 普通なら一分も経てば、氷のほとんどは溶けてしまうだろう。当然湯も冷めてしまう。

 一応念には念を入れて、五分ほど待ってからコップを取り出してみた。


 すると――。


「お、おぉ……マジかこれ」


 コップからは熱い湯気が立ち昇り、氷も入れた直後のように形を保っていた。だがそのまま時間が経る度に徐々に溶けていく。

 このことから理解できるのは、《アイテムボックス》の中は時間が凍結されているということ。つまり中に入れていれば、経年劣化しないのだ。


 食べ物は腐らないし、熱いものは熱いまま、冷たいものは冷たいままを維持できる。


「もう驚くことはないって思ってたけど、これはとんでもないなぁ」


 最早チートを越えたナニカでさえ思えてきた。


「あれだな。確実にバグってるな、この《アイテムボックス》は……」


 それでもすべてが都合の良いバグり方をしているので嬉しい困惑ではあるが。


「これ、将来喫茶店とかやったら儲かるだろうな。何せ一度作った料理は無限化されるわけだし、それ以降は金も時間もかからない。……ヤバイな」


 つまり設備や食材など初期投資だけで済むのだ。あとはどの店よりも格安で売ったとしても、その値段分が丸々懐に入るのだから恐ろしいことになるはず。


(まあバレたら世界中から叩かれるどころではないだろうけど)


 だからあまり人の目に触れやすいようなところで能力は使用しない方が良いだろう。


「……あ、でもお取り寄せ専門とかどうだろうか」


 それなら直接客に会うこともないだろうしリスクは限りなく低くすることができる。


「とはいっても、そういうのは将来考えることだし、今は別にいいか」


 まだどんな仕事に就きたいとかは考えていない。せっかく人生をやり直せるのだから、選択肢を広げていきたいと思う。

 時間を忘れて回収物や《アイテムボックス》の機能を確認していると、いきなり扉が開いたのでビクッとした。


「沖ちゃん、そろそろ夕ご飯だから、パパと一緒にお風呂に入ってきてねぇ」


 そう言いながら現れたのは葵だった。

 リストを出していたが、咄嗟に消したからかどうやらバレていないようだ。


 ホッと息を吐きつつ葵の後を追う。

 すでに悠二はテーブルについて、スマホで何やら操作している。その光景を見る度に、自分もスマホが欲しいと思うが、さすがにまだ六歳なので難しいだろうか。


 いや、ダメで元々だ。それに前世でも幼稚園児でもスマホやタブレットを与えられている子もしたし。


「ねえねえ、俺もスマホ欲しい」

「ん? いや、まだお前には早くないか?」


 想定通りの言葉が返ってきた。ここは子供の最大の武器である上目遣いを使って

「ダメ?」と催促する。


 するとやはり効果的だったようで、言葉に詰まった悠二は助けを求めるように葵に「ど、どうしようか?」と尋ねた。


「ん~そうねぇ。別にいいんじゃないかしらぁ。今の時代、小さい子でも持っているのは珍しくないし。それに沖ちゃんなら変なことに使わないと思うしねぇ」

「むぅ、葵がそう言うなら考えておくか」


 内心でガッツポーズをする。これでネットで思う存分情報を集めることができる。それに暇潰しにもなる。

 自分の願いが聞き届けたことでさらに機嫌が良くなった沖長だったが、さらに今夜のご飯がカレーということで興奮度はマックスになる。


 昔からカレーが大好物であり、よく自炊でも作っていた。結構こだわっていて自分なりのスパイスを調合したりもして本格的に楽しんでいたものだ。もちろん様々なカレー店にも行って研究した。


 勘違いしてほしくないが、レトルトカレーも大好きだ。世の中には千差万別なカレーがあり、どれも個性があって本当に美味しいのだ。

 それにレトルトカレーも、合いがけをしたり調味料を足したりして楽しみ方はいろいろある。


 またいつかこの世界のカレー店も巡ってみたいものだ。

 そうしてウキウキ気分で悠二と一緒に風呂に入る。他愛もない話に興じ、十五分ほどで出ると、すでにテーブルの上には食事が用意されていた。


 この食欲のそそるカレーの匂い。もう口の中はよだれで溢れ返っている。すぐに椅子に座っていただきますをして食べ始めた。


 カレーというのは家庭の味そのものだ。葵の作るソレは、ドロリとした液体状でフルーティーな甘みがある。恐らくはハチミツとリンゴを入れているのだろう。とてもよく白飯に絡みついて美味い。


「そういえばそろそろね、沖ちゃんの小学校デビュー」

「来週の月曜……だっけか?」

「うん、そうよぉ。今日は日曜日だから一週間後ねぇ」


 そんな二人の会話を耳にし、少し機嫌が落ちる。何故ならまた小学生をしなければいけないからだ。

 一応これでも前世では大学も出ていて、受験戦争をも突破したのである。今更小学校の授業を受けるのは、やはり面倒臭さが勝ってしまう。


 できれば高校生ぐらいからやり直したかったというのが正直な気持ちだ。


(まあでも、せっかくなんだし楽しまないと損かもなぁ)


 話題についていくためにも、今のトレンドとかを調べておかないといけない気がする。それともう少し子供らしい振る舞いも必要になってくるだろう。


 前世では大人に敬語で話したりしなかったが、今はどうしても礼儀やマナーのことを考えてしまう。しかし子供らしさを追求するなら、それらの対応に気を付ける必要があるだろう。


 とはいっても礼儀正しい子供も中にはいるので、それほど深く悩むこともないかもしれない。礼儀正しくて悪いわけではないのだから。

 そう思いながら、学校に行ったら色々なものを拝借させてコレクションにしておこうと思った。


 学校には家に無い多くの備品などがあるので、それらを〝回収〟できれば嬉しい。特に理科で使うような薬品や器具は子供では手にしにくいので楽しみだ。


「あ、悠二くん、入学式で使うカメラの用意はできてる?」

「当然! 俺のミラーレス一眼の手入れはバッチリだぜ! これでいつでも沖長の雄姿を写真に収めることができる!」

「キャー! さすが悠二くぅん、カッコいいわぁ~!」

「んふふ、だろぉ?」


 またイチャイチャしている。微笑ましい限りで何よりだ。

 カメラなんてスマホでいいと思ってしまうが、そこは情緒とかがあるということなのだろう。


 ちなみに通っていた幼稚園はすでに卒園済みだ。どうもあまり社交的ではなかったためか、親しい友人というのはいなかったようだが、もしかしたら同じ学校に通うかもしれないので、その時は改めて仲良くしようと思う。

 夕食を終えると、そのまま悠二と一緒にソファで寛ぎながらテレビを観ていた。


「お父さん、明日からお仕事だよね?」

「ん? そうだぞ」

「スイミングスクールの生徒さんって結構いるの?」

「いるぞ。おじいちゃんおばあちゃんからお前みたいな子供までな」

「俺みたいな……あれ? でも俺はスイミングやってないよね?」

「は? おいおい、お前が嫌だって言ったんじゃないか」


 そこで記憶を探り、確かに自分が五歳の頃に嫌がったことを思い出す。最初は楽しんでいたみたいだが、途中溺れかけて怖くなってやめたらしい。


「何だ? またやりたくなったか? だったら俺は大歓迎だぞ」

「んー……考えとく」


 別にもうやりたくない理由はない。トラウマも前世の記憶が蘇ってから消えたし。それに体力作りをするなら水泳は最適だ。


「おっ、マジか! じゃあその気になったらいつでも言いな」


 沖長が首肯すると、悠二が嬉しそうにニカッと白い歯を見せて笑う。

 こんなに喜んでくれるなら是非やってみようと思った沖長だった。



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