第18話 肥ったお腹と生きること

(肥ったお腹と生きること)


美晴は、少し真面目な雰囲気で話しだした。


「でも冗談抜きにして、幸子はわけのわからない才能を持っているよー!」


「それって、才能なの?」


「あんたの描いた絵を見ていると、完璧に仕上げた自分の絵が、安っぽい広告の絵のように見えてくるよ……」


「それって誉めてくれているの?」


「悔しいけど、認めたくない事実だねー、色の統一はできていないし、筆運びはめちゃくちゃだし、だいたいデッサンがくるっているよ。お世辞にも上手とはいえないけど、でも何でだろうねー、幸子の絵を見ていると、そこから動けなくなる……、自分が絵の中に入っていくような感じがするよ。絵画という分野の価値はやっぱり、見ている人の心に届くか届かないかだけのものだね……」


「わかるー? 私もそうだから……、自分でも描いていると、時々絵の中で迷子になりそうだから……」


「やっぱりそうなのねー、天才と狂気は紙一重なのねー、私には真似できないな……」


「ちょっと、それって私が狂っているとでも言いたいようねっ!」


「幸子、気をつけなさい……、歴史の中の巨匠たちは、みんなどこか狂っているから……」


「大丈夫、私は天才じゃあないから……」


「幸子、あんたは天才だよっ!」


「言ったわねー、だから狂っているといいたいんでしょうー、散々私をバカにして……」


「何を言ってるのよー、まーあー、絵画の場合、本人が自覚してなくても構わないけどね。あんたの絵はもう独り歩きして、見た人の心の中で立派に生きているから……」


「もういいー、私のことはいいから、何の話をしていたのよー?」


 美晴との会話は疲れる。上がったり下がったり、でもお世辞でも冗談でも褒めてくれると嬉しい。


私は、おっぱいを撫ぜながら、お腹に手が伸びたときに、いつもと違う感触に、その手を止めた。


 あれ、と思いウエストを掴んで引っ張ってみた。

 あれ、やっぱり肥っている。

 そういえば、この三日、ペンションで規則正しく三食食べて、それも遥さんの美味しい料理ばかり食べていた。


 おまけに、おやつには、出来立てのケーキとリンゴジュースっ!

 これなら間違いなく……

「美晴、私、豚になるっ!」

 思わず、口からでてしまった。


「だから、言ったでしょう。バイトもしないで……」


「……、違うわよー、今、お腹掴んだら脂肪がぶよぶよするのよー!」


「あんたー、人の話も聞かないで何やっているのよー?」


「変なことしてないわよー、ちゃんと話は聞いているわよー!」


「そんないいことしていたのねー、私がいないのに……」


「だから違うって、美晴の言ったようにバイトもしないで絵ばっかり描いていたら、豚みたいに肥っちゃったのよー!」


「あたりまえでしょう!」


 そうなんだ……、この三日だけじゃない、夏休みに入ってから、バイトもない彼氏もいないということで、外にも出ないで部屋でごろごろしていたんだ。


「でも、生まれ変わりの話は面白かったわー、私のお母さんも、生きているとき、冗談で私のお腹から生まれてくるっていっていたから……」


 私は電話を持ったままベットから起きて、鏡を覗いた。


「それはいいねー、幸子のお腹から生まれて、また新しい人生をはじめるのね。そしたらまた一緒に旅行ができるじゃないー!」


「うん、でも、うちのお母さんなんか大変よー、周りのこと見ないもん……、よく一緒にスーパーやデパートへ買い物に行ったりするんだけど、すぐどっかにいっちゃって探すのが大変なんだから、今ここにいたと思ったら、もういない。自分の興味のあるものを次々見て周り、私が一緒に来ていることを忘れちゃうのよー!」


 鏡の中の私は、いつもと変わりがなかった。

 鏡から少し離れて、パジャマの裾をめくり上げて、体を回しながらお腹周りを見た。

 やっぱり分からない、ちょっと安心。

 その勢いで、ベットに再び飛び込んだ。


「それって、幸子と一緒じゃんー!」


「私、そんなにひどくないわよー、お母さんを反面教師にしてきたもの……」


「じゃ、教師代取りに来るわねー、それよりも、何よりも、子供生むんだったら、さしあたって男がいるわねー!」


「それよねー、それが問題だ……!」

 やっぱり美晴は偉い! 一番肝心なことを最後に言ってくれた。


 長い電話が終わって、私は布団をかぶって考えた。


     *

お母さんの人生って何だったのかな?

幸せだった……?

どうしてこんなに早く死んじゃったのかな?

お母さん、今、どこにいるの?

 どうしているの?

今も由加ちゃんみたいに、私のそばにいるの?

 お母さん……、お母さん……

    *


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