砂塵に亀

葉花沙鶏

第1話  名は体を表す



目障りな赤いランプの点灯を視界端に認めながら俺は舌打ちをした。


「馬鹿野郎!高すぎる!さっさと高度を下げろ!」


通信機からの突然の声に驚きながら俺は目の前のレバーを慌てて下ろした。数瞬間後、体が微妙な浮遊感を感じた。

気持ち悪さを覚えるが、少しすれば冷や汗と共に徐々に消えて行く。


レーダーを見れば推奨位置とされる深さに到達し、進行速度、目的地までの進捗時間共に正常であり運行は順調と言えそうだ。


未だ操縦席から目の前の窓を見ても、ほぼ暗闇しか見えないが安堵のため息と、心の中での警戒レベルを下げる。




今この小さな船の中にはE-8班と呼ばれる、俺を含めた五名で乗船している。

目的は敵国への諜報活動である。

今回は特に開発中の新兵器の情報を持って帰る仕事であるが、操縦士として配備された俺は潜入調査などと言った危険な事までは担当外なので気は楽だ。

まあ、少しでもミスれば先ほどの様に班の監査役とも言えるナビゲーターに怒鳴られるのだが・・・



唐突だが今乗っている船の紹介をしたいと思う。

正式名称は"甲潜伏型別駆動偵察機収納船"

通称"亀"である。

大きな母体となる潜砂船があり、長距離のケーブルで繋がれた小型船が6艇付いた珍しい形の船だ。

今回の任務などを行う為に作られていて、カルブネラ国のみで生産・使用されている。

それもそのはず、他国には極秘で、今までどこの国にも捕捉されていない結構優秀な船らしい。

母艦は半球に近い形になっており"亀"との愛称がついているが、レーダーに限りなく捕捉されにくい新素材、仮に攻撃されても平気な堅強な装甲と最先端の技術を詰め込んだ高級船だ。

陸地のほとんどが砂に飲み込まれたこの世界にとって機動力を重視する砂船が多い中、珍しく機動力がお粗末らしくまさに"亀"っぽいのは愛嬌。


とはいえそんな大層な船の母艦を操縦させて貰える筈もなく、俺が操作しているのは小型船の方である。



今まで捕捉されていないとは言ったものの、それは母艦だけの話で、この小型船は一度とある国で発見捕縛されている。

異常事態の時はトカゲの尻尾切りの様にケーブルを切り離し、小型船を置き去りにケーブルのみを母艦が回収出来る仕組みになっているのだが、どうやらその機能を使わないといけない状況だった様だ。

小型船は母艦と比べ少し機動力は高めだが、ケーブルを切り離されると燃料は持って30分、電気も殆ど使えなくなるそうで、もしもそれに乗っていたのが自分だったらと考えると背筋が寒くなる。


ろくに逃げられもしないままスパイとして捕まり、酷い扱いをされるのだから。


対して先程のナビゲーター様である。

ほぼ安全な母艦から偉そうに命令をするだけ。

階級的には同格なはずだが、初めから高圧的で好きにはなれないタイプだと思っていたがこれほどとは・・・


「"コウモン"さん、大きな岩をよけるために浮上しただけです。

 異常はありません。」


「なんか変なイントネーションじゃなかったか?

 おれの名前はコーモンだ。」


「遠くの国の言葉で偉い人のことをコウモンと呼ぶらしいですよ。

 なので敬意を込めてコードネームをコウモンにしようかと。」


「ふん、ゴマをすったところでお前たちの評価を上げることはしないからな。

 それにこういうコードネームを決める際は本名は避けるべきだろ。」


「だからこそですよ。誰かに聞かれても名前をもじったとは思われないでしょ。」


「・・・まぁいい。操縦士がそれぞれのコードネームを決める規則だからな。

 だが、さっきも言ったが落ちこぼれのこの部隊だ。評価は期待しないことだな。」


無事奴を呼ぶときはコウモンに決まった。

もちろん俺は敬意なんて抱いていないし、下品な意味で使ってるんだがな。



なぜコウモンなのかと言うと、亀の性別はお尻の位置で見分けられるらしい。

オスは尻尾の中でも甲羅の外側に来る位置にお尻があるらしいが、

メスだと甲羅の内側にお尻があるそうだ。

コウモンの性別は男だが、"亀"の内側から出てこない奴にはぴったりな名前だろう。


名は体を表すって言うしな。

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