夕暮れの病院の前で

みーこ

光陽

 明るいリビング、観葉植物がいっぱい、真っ白に統一された家具、最新の家電製品、ふわふわの毛並みのトイプードル、優しいママ、忙しいけれどわたしのことが大好きなパパ、欲しいものはなんだって買ってもらう、かわいいわたし、お姫様。



「みおちゃんって調子乗ってるよね~」

 聞こえないと思ってか、教室の隅から声がする。同級生の僻みが今日はここにある。あの3人はつい昨日までわたしの周りにいた。わたしのことを、男子達を惹き付けて黙らせる、客寄せパンダとして利用価値を見出すのは非常にいい事だと思う。寄ってきた客の素行さえ悪くなければ、わたしの周りにはそのまま彼女らがいたはずだった。パンダはどこに居たって人気なのだ。動物園で転がってるだけでかわいいのが、わたしとは違うところだけれど。

 わたしは容姿が良かった。小柄で華奢で、だけどほんのり素朴な顔のママと、転生先の温泉でハチャメチャにやっていそうな俳優によく似た顔のパパ、二人の融合は見事にわたしをお人形さんに仕立てあげた。ママのように小柄で華奢、パパのように派手な顔だが、ママの素朴さでうまくカバーされた黄金比率。加えて家は裕福。欲しいものや遊びに行くお小遣いは当然にして、最新のスマートフォン、およそ高校生が揃えて持てるような代物では無いブランドのバッグや小物、デパートの一階で売られている有名なコスメたち。糸目をつけずに買い与えられてきた。平和な友人関係以外で、手に入らないものなどなかった。その環境がわたしの首を絞めてくることなんて、せいぜい妬みから来る浅ましい無視や仲間はずれだけ。それだって、真綿で首を絞められた方が余程苦しいんじゃないかな?と思うほどに、心に受けるダメージはそれほどでもなかった。

 わたしは異性からモテた。前述の容姿にくわえて、同年代から見れば発育のいい女性の象徴。ママのサイズなんてとっくに超えた。誰にも優しく笑顔で接しなさいという両親の教えを守り、イケメンのサッカー部キャプテンや、人望厚い生徒会長だけでなく、ニキビだらけの野球少年にも、肩にフケが乗った美化係にも、頭部を守る毛が心許ない社会科教師にも、歯が2本ばかりない用務員にも、同じように優しく笑顔で接した。一度、学校中の全異性がわたしを好きだという噂までたったほど。だからかは知らないけれど、同性からはこれでもかと妬まれた。そして浅ましい無視しかできない彼女たちを少々可哀想だな、と思ったりもしていた。

 何も気にならなかった。だって、わたしはどうやったってかわいいから仕方がない。好かれるのも、嫌われるのも、それはどうやら全てわたしがかわいいからなのだ。好かれるのが羨ましいのなら、かわいくなればいいのに。今の時代、本当にお化粧だけで誰にだってなれる。家に帰ればママもパパも優しい。鏡を見れば整った顔面があるし、欲しいものは何でも滞りなく手に入る。仲間はずれのわたしを見かね、いつもかわるがわる異性が声をかけてくれた。同性の友達がいなければいけないなんてルールはない。言ってしまえば、異性の動向ひとつで手のひらを返すなんて、そもそも友達でもなんでもない。

 幸い、無視や仲間はずれ以上の行為に及ぶ者はいなかった。そこまでの馬鹿がいない学校だからか、パパがこの市では名の通る人だからなのかは知らない。よくわからないけれど、イジメ漫画でよくみる給食のように、ハエや蟻が浮かぶのはフィクション。浮かばないのは当たり前なので、当たり前の生活を送れることには感謝である。


 ここまでがわたしの全盛期。

 明るいリビング、優しい両親、手元にキラキラ輝くデパコスたち。わたしは暖かく、明るく輝く太陽で、妬む彼女たちはその明るさに照らされ出来た、可哀想な陰。女の闇は暗くて深い。自分ではもう、到底這い上がれないほどに。

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