第50話 世界の果て、物語の終わり③~見つけた答え~


『間違う?私が何を間違うというのですか。私に間違いなどあるはずがありません』


 女神が不思議そうに魔神の言葉に問いかけ返す。だがそんな女神の様子に、魔神がひるむことなく強い言葉で応える。


「人は弱く、浅はかで愚か……御姉様はそんな人間に期待をしすぎです。

 自分の理想と期待とともに、一方的に力を与えるだけ与えて―――導きもしないまま己の望まぬ方向に行ったと嘆いて切り捨てる。

 それでは人類全体を愛玩しているようなものです。

 願う形があるのであればそうあるように手を引いてやらねば迷い道を外す、人はそういう脆弱な生き物なのです」


『貴女人間が嫌いなの?』


 魔神のあまりの容赦ない人間への酷評に女神が訳が分からないという顔をするが、いいえ、と首を振ってから魔神が続ける。


「―――だがそこが良いと思いました。

 人と同じ目線に立って旅をして、世界を視たからこそ―――この世界はどうしようもなく歪み、汚れ、欲に溺れ、救いは無くても、その中でも確かに輝くものがあることを知りました。

 汚泥の中でも美しい花を咲かせるような―――そこに人間の良さがあると思うのです。

 だから私は御姉様程、人間に絶望をしていません」


『理解できないわね。お互いの足を引っ張り合い自ら滅びの引金を引くような生き物の何が美しいかしら?世界で最も優しい救世主を、自ら死に追いやるような者達のどこに良さがあるのですか。そんな人の心がわかるのですか?』


「私には人の心が解りません。笑顔で友好的に接しているつもりが怒って無視されたり、盾をなげつけられたりすることばかりでした」


 魔神のよくわからない態度を思い起こす。……本気で友好的に接してきているつもりだったのか、何考えているか得体が知れない不気味さがまず前面に出てくるんだけど。……正直悪いことしたなという気持ちになる。


「……ですがそれもまた悪くないと思っています。

 人の心は理解できない。ですが理解できないからこそ慈しむのです。

 どんなに傷ついても、心が悲鳴を上げていても、涙を流しても進むことをやめなかった背中に私は人類の価値を見出しました。

 砂漠の中に一粒の砂金が混じるかのような、でもその砂金は確かに手を差し伸べるだけの価値があるのです」


『くだらないわね。結局、貴女はその天騎士に執着しているだけでしょう』


「それの何がいけないのですか?」


 嘲るような女神の言葉に、即座に言い返す魔神。ファルティがプヒュ~と口笛を吹くが普通に失敗しているので情けない音が鳴って恥ずかしそうになっている。女神も魔神もそんなファルティを無視して話を続けてるので余計に恥ずかしさで顔を赤くしている。


『わざわざその天騎士の絶望と闇を切り離して、魔剣を鋳造してまでその心を護って……神でありながら―――それも自分の管理する世界ではない場所で、一個の命にそうまでするだなんてわけがわからないわね』


「輝きに惹かれることに理由は必要ないのではないですか」


 あぁ、そうか。“人類全体”を俯瞰してひとくくりに裁定する女神に対して、この魔神は俺という一個と、一緒に歩いてきたこの旅の記憶を以て是としてくれる。


 ……全体と個。


 この2人は相容れない考えで意見を対立させて―――魔神は俺を通して人類を肯定してくれてたのだ。


 ……魔導の神だなんてとんでもない。俺にとっては紛れもない女神だった。


『ふぅ……今更何を言ったところでこの世界の滅びは変わらないわ。じきに世界に満ちた淀みが、地上に存在するもの全てを吹き飛ばします。

 ここで貴女とやりあって、万一貴女が私を討ったとしてもせいぜい爆破の核が失われてその規模がほんの少し変る“かもしれない”だけ……この問答にすら意味はないわ。

 それ以前に災厄に身を落として顕現した時点で貴女は私に敵わない。詰んでいるのよ、世界も、貴女も』


 そんな女神の言葉に、魔神が俺の服を握る力を強く籠めるのを感じる。

 ……なんだよ。そんな風に感情をあらわに出来たんじゃないか、不器用な奴め。もっとそうやって……変にカッコつけずに素直に接して食えていたら、もっとお前と仲良くなれてたのかもしれないのにな。そんな事を考えると、思わず苦笑が零れた。


『……ラウル、何がおかしいのです?』


 もう手の施しようがない絶望的な状況であるという事を説明しているはずなのに笑いを浮かべる俺に対して、女神が理解できないものを見るように怪訝な顔をしている。


 ―――魔神が解らないっていうんだから女神様にはもっとわからないだろうなぁ、そりゃ。


 俺自身、この世界に未練はないし、救いがあるとも思っていなかった。ここに来たのだって、女神に問いただして旅の終わりに意味が欲しかったからだ。

 失くして、傷ついて、歩き続けたこの旅は辛い事ばかりだった。護りたいものを護れず、絶望と失望を積み重ねてきた中でも―――エルフの国の人達、イレーヌとその街の皆……それにセツちゃん。この世界にも、美しいものは、確かにあった。

 魔神が今しがた言った言葉、そのままだ。砂漠の中に一粒の砂金があるように―――この世界にだって、一粒の砂金のような輝きがあるのを、俺は知っているじゃないか。

 俺には最後に残された自由、どう終わるかを選ぶことができる。

 そしてどう終わるべきか、いや……どう終わりたいかの答えが、理解できた。


「ありがとう、ファルティ。ありがとう、魔神」


 ここまでついてきてくれた旅の仲間に、最大限の感謝と親愛の情を籠めて語り掛ける。  

 支えてくれていた2人の手をゆっくりと引きはがし、一歩、二歩、三歩と自分の足で地に立って歩く……もう、大丈夫だと、此処から先は一人でゆけると告げるように。

 女神に近づき、目を閉じて守れなかったもの、後を託してくれたものを思い浮かべた。

 ……今になって思う。全ての因果が、俺にこの場所でこの覚悟を決めさせるためのものだったんじゃないだろうか。きっと、このために俺はここまで来たのだ。

 敵う、敵わない、ではない。断行して成さねばならない俺の責務。


――――もしほんの少しでも、わずかにでも“未来を繋ぐ可能性”があるのなら、それは俺にとって充分に過ぎる


「……何言ってるの、ラウル?」


 俺の様子に怪訝そうに声を上げるファルティの言葉に応えず、魔神に声をかける。


「ファルティを護ってくれ」


 その言葉の意味に何かを察したファルティが動こうとしたが、魔神が抑え込んだのだろう。ファルティの抵抗する声が聞こえる。

 肩越しに振り返ると、怒ればいいのか泣けばいいのかわからない顔をしたファルティがこちらを見ていた。魔神はいつもの笑顔ではなく、俺がこうすることを覚悟していたような―――儚げで寂しそうな笑顔を浮かべている。

 左右の剣を鞘から抜いた後、邪魔になる鞘を棄てると、地面に落ちて伽藍(ガラン)、と音を立てた。


「ファルティ、魔神。俺が居なくなった後の―――“この先”を見届けて欲しい」

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