第49話 世界の果て、物語の終わり②~真理と真実~


 俺の問いに女神が沈痛な面持ちをする。


『アルベリク……アル、彼には可哀想な事をしました』


「……可哀想?」


 そんな言葉に思わず怪訝な顔を浮かべてしまう。


『……勇者とは、その名の示す通り勇気ある者。世界の闇を討ち人々の未来を照らす希望の旗頭―――そうあれかしと願っていました』


だがアルは魔王を討ちはしたが、最後には非業の死を遂げることになった。それも女神がそうあれかしと望んだことなのか?


『……アルの死は私の本意ではありません。

 先代に選定した勇者は強く、真っすぐで、怯えることを知らない勇ましきものでした。……ですが最後には道を踏み誤り、とりかえしのつかない悲劇を産みました』


 ……皇帝が言っていた“悲劇”という事件の事だろう。


『勿論、先代の勇者には彼の言い分もあったのですよ―――真実は一つとは限りません。

 人の立場立ち位置の数だけものの見え方というものは変わるのですから。

 ……ですからそんな先代の結末を戒めとし、次の勇者には清らかな魂と優しさをもつものを勇者として選定しました。

 自己犠牲、献身。そういったものを美徳として誇ることなく、生まれたときから備えもっている者を。この淀んだ世界で、彼がその条件に当てはまる子だったのです』


「それがアルが選ばれた理由」


 俺の言葉に頷く女神。

 それは、アルが選ばれるにしてはあまりにも酷い理由じゃないだろうか。俺は旅の中でアルの姿を見てきたからこそそう思う。

 元々戦う事に向いている性格ではなかった、優しい奴だった。だから誰かの命を奪う事に苦悩し、泣き、それでも投げ出すことを良しとせず。

 他の皆の笑顔のために、恐怖を飲み込んで前に進んでいた。

 その重責を変れるものなら変わってやりたいと思ったことは数えられないほどある。……だから俺も身体を張る事が出来た。ロジェを除く仲間たちは、皆同じ気持ちだっただろう。


「……それは、あまりにも、酷いことだと思う」


『―――今となって言えば私もそう思います。

 そもそもこの世界に勇者に相応しい人という者が、もう存在していなかったのかもしれません。先代の勇者が道を踏み外した時に生じた歪みは時間と共に大きくなる一方だったのでしょう』


 ……何を他人事のようにという憤りを堪えながら、女神の話の続きに耳を傾ける。


『アルは優しい子でした。

 ……だからこそ、自ら命を絶つ選択を選ぶしかなかった。

 勇者であるアルは魔王を討ったその時、それがどういった存在なのか、そして災厄というものがどういう存在なのかを本能的に感じてしまっていたから。

 ―――だからこそもしも勇者である自分の心が負の感情に呑まれたとしたら、それが一体どんな強大な災厄を産むか理解してしまったから、そうさせないために……世界の未来や顔の知らない誰かのための勇者としてではなく、―――友として貴方達の未来を護る為にも、命を絶つしかなかったのです』


 なん……何、何を言っているんだ?この女神は。


『アルは絶望の中ではなく、絶望に堕ちる前に貴方達に未来を繋ぐために命を絶ったのです。もしもアルが絶望に落ち負の感情を発生させていたら、今この世界に顕現している災厄たちの非ではないモノが顕現していたでしょうね。

 ですがそんな彼の死は私にとって今の世界を一度消すことを決意させるには十分な理由となりました……この世界はもう手遅れです。

 世界の淀みはどうしようもないほどになり、人を救う事はできない―――私はそう判断しました。だから災厄を管理することをやめて全てを世界に解き放ちました』


 この世界をつかさどる女神の言葉、真理そのものがスラスラと喋っているが、震えて頭が働かない。


“この先を見届けてほしい”“僕もう、疲れたよ”


 アルの言葉の意味に込められた意図がもしそうだというのなら、俺は、俺は何を――――。


『災厄とは人の心の負の感情。

 それは勇者や、勇者の仲間であっても例外ではありません。

 ……それは貴方も理解しているのではないですか?……私の、女神の力を与えた者の負の感情であればより強大な災厄に成る。貴方の心の闇がホロヴォロスという竜王を呼び起こしたように』


「な、に?」


 開いた眼を閉じれない、呼吸も苦しい。―――あの竜を産んだのは、俺?

 腰から下がる魔剣から、どくんと胎動を感じ、ホロヴォロスが最期に浮かべた笑みを思い出した。俺があの闇の中でみていたのは―――。


『神弓の怒りは怒れる大地の巨人を呼び起こしました。

 大魔導士の欲は雲を呑む白鯨となりました。

 そう言った意味では、聖女だけが―――正しく聖女だったのかもしれません。氷雪の女王は世界を滅ぼす災厄に成ることなく。愛するものたちを守るために命を使う事を選びましたから』


 女神の言葉が遠い。頭がくらくらする。

 ……あぁ、でもそうか。災厄が負の感情によるものだというのなら、俺達だって例外じゃないんだ。そんな当たり前の事に何故気づかなかった。

 あの王国で最も怒り、憎しみ、心を闇に堕としていたのは他でもない俺じゃないか。


「俺は、俺、は、俺が―――俺が、あの王国の惨劇を引き起こしたのか」


『はい』


 無慈悲な断定。心を支えている箍のような、大切な何かにひびが入る音が聞こえる。何が見届ける、だ。俺は、俺は……俺は、何をやっているんだ。あぁ、だめだ。俺は俺自身が許せない。もう考えるのも嫌だ。


 『……ラウル、もう無理をしなくてもよいのですよ。この世界に価値はありません』


 心に入り込んでくるような女神の優しい声音。そうだ、ここまで死んだ心で旅をしてきたけれど、その中でも失って、喪って、亡くし続けて、ボロボロになって。辛い思いばかりしてきた。滲む視界の中で、魔剣に手を伸ばす。俺は、もう―――

 

「天騎士殿。どうか気を確かに」


「……バカッ、しっかりしなさいよっ」


 俺の背後から、魔神の声がする。倒れそうになった俺を魔神とファルティが支えてくれていた。俺の身体に回された魔神の掌が、ファルティの手が、俺をどこかにいかせないとでも言う様に俺の服をきゅっと掴む。


「御姉様は……もっとよく世界を見るべきでした」


 いつもの飄々とした口調とは違う、強い意志を乗せた言葉で女神に言葉を投げかけた。


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