第45話 皇帝はかく語りき⑪~女神に答えを求めて~
―――目を開けるとファルティの顔があった。
「……ラウル。大丈夫?」
ファルティの言葉に周囲の様子を確認すると、魔神に膝枕をされていたようだ。
視界の隅では大司教がたき火のお守りをしている。
「おはようございます天騎士殿。その者を収納から出してたき火をつけさせ、火の面倒をみさせています。もう夜で冷えるので暖をお取りください」
そんな魔神からの声に頷きつつ気を苦をたどると、あの後、意識を失って倒れたんだったなとぼんやりと思い出してきた。
「あぁ、心配をかけた。すまない」
ファルティにそう言って声をかけながら身体を起こすと、たき火に枯れ枝をいれていた大司教が声をかけてきた。
「一応治癒の術をかけたが無理に動かない方がいい。体力の消費自体は無いが、精神力というより気力の方が異常な位消耗している」
「そうか、手間をかけたな」
そういえばこいついたのかと思いつつ、介抱して貰った事には素直に礼を言う。
「……別にその魔神に言われてやっただけだ、お前が心配でやったわけじゃない」
「なんであれ助かった。……少し肌寒いからたき火がありがたいな」
見るとファルティも外套で身体を覆いながらたき火で暖を取っている。魔神は……薄い侍女服なのにケロッとしているのはもうそういうものなのだろう、気にしたら負けだ。
肌寒さを感じるのでたき火で暖を取っていると、そんな俺を視た大司教が枝を折って投げ入れながら独り言のように呟いた。
「フン。……しかし俺はどうしてこんなところでこんなことをしているんだろうな。何の因果だこれは」
それは俺も本当にそう思う。捕虜に捕まえたのに随分と便利に使わせてもらっているよ、そこはありがたいことだ。
「そのついでで悪いが俺は女神に会ってみたい。道案内を頼めるか?」
「……どうせ乗り掛かった舟だ。いいだろう」
やけに殊勝な態度だな、……というか憑き物が落ちたというか燃え尽きているというかどこか世捨て人のような態度になっている。教会の先遣隊を率いていたような覇気を今はもう感じないので聞いてみた。
「そこの災厄に仕舞われている間、お前たちの行動を見聞きしていたからな、俺にも思う所があるのだよ。
……それに、帝国もこのザマだ。この世界はもうとりかえしがつかないところまで来てしまったんじゃないかと思うと色々な事が虚しくなった」
「……そうだな」
大司教のそんな言葉には俺も感じるものがあったので呟きとともに頷く。その様子に大司教も頷きを重ねて言葉を続けてきた。
「災厄、災厄か。結局災厄とは何なのだ天騎士よ。俺は災厄は世界を害するだけの危険な存在だと思っていた。だがあの娘は他の―――聖女達を護る為に命を賭した。そして皇帝は正義の元に暴走する狂信者だった。……俺にはもう何が正しくて何が間違っているのかわからない」
「どうだろうな。何もかも全部間違っているのかもな」
大司教の自問にぼんやりと応えると、乾いた笑いが帰ってきた。
「――――あぁ、そうだな、確かにそうかもしれない。……おしゃべりにつきあわせてすまなかったな。火は俺がみておくから寝ておくといい。神弓ももう寝ているようだしな」
そんな大司教の言葉に見ると、ファルティは花提灯を作って寝ていた。
そうだな、俺もまだけだるさが残っているし休もう。俺は再び身体を横にした。
「俺は誰かに、皆に自分の名前を知って欲しかった。天騎士よ、お前は何がしたかった?」
そう問いかける大司教の言葉に対する答えを考えたが、そのままゆっくり睡魔に身を任せる事にした。
うららかな日差しに輝く白い煉瓦造りの街並みを、手を繋いだ母と娘が歩調を合わせて歩いている。薄水色の洋服が似合う、色白のその女の子は、にこにこと満面の笑みを浮かべている。
その周りには他にも何人もの子供がいて、街には出店が並び道行く人もみな浮かれた様子だ。
「おかあさん、おかあさん」
嬉しそうに母を呼ぶ少女の声に、母親が嬉しそうに目を細めている。
女の子の周りにいる他の子達が女の子くっついて押しあったりしているが、皆笑顔で楽しそうだ。女の子の開いている手を、周りの子供たちが取り合いをしている。女の子は子供たちの中でも人気者らしい。
「おかあさんもみんなも、……だーいすきっ!」
「えぇ、私もよ」
そんな2人の言葉に周りの子供達も僕も私もと声をあげる。
賑やかで、明るくて、幸せな日常の1コマ。
そんな姿を見ていると涙が出てくる。
……だがそんな中で母と手をつなぎ、子供達の中心に囲まれていた女の子がその手を放して駆けだした。
立ち止まりその背中を見る母や子供立ちの表情を、俺は観ることができない。
振り返って大きく手を振ったあとその女の子は走り去り、その背中はどんどんと小さくなっていく。
……そしてその女の子は、俺の方を見て、声をかけてきた。
「――――がんばれっ、がんばれっ」
そんな言葉を遺して、女の子は街の人ごみの向こうへ消えて見えなくなった。
―――女神よ教えてくれ。俺は何人見送れば良い?あと何度膝をついたらいいんだ?
朝の陽ざしに薄目を開けると、相変わらず花提灯を膨らませているファルティと、俺が目を覚ました事に気づいてこちらに微笑んでいる魔神と、たき火に枝を投げ入れている大司教の姿もあった。
……ファルティの花提灯をつつくと、ふぁっと目を覚まして寝惚け眼で驚いてたので、そんな姿に少しだけ心が癒されたりもした。
そしてそんな皆に改めて声をかける。
「俺は女神に会いに行く。一緒に来てくれるか?」
……俺は、この滅びの意味を、女神に問おうと思うから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます