第28話 歪んだ教義と聖女の信義⑤~この世界に救いは無い~


「これで全員片付けたわね」


上空に飛び上がっていたファルティが完全に殲滅したことを確認してから降下してきたが、その様子は普段通りで疲れた様子もない。

 一方で、一刻もたたずに率いてきた兵士たちが全滅させられたことに捕らえた騎士は地面に転がってガタガタと震えている。

 兜を脱がせると、髪を香油で整えた綺麗な顔が蒼白になって俺とファルティを見ていた。


「ば、化け物どもめ……!」


「そう思いたいならそう思っていればいいさ」


 ファルティが目線で、何でこいつを生かしたの?と聞いてきているのを感じる。

 こいつを生かしておいたのは、俺がこの世界で今感じている違和感についての取っ掛かりを探していたからだ。曇天が標準になった空、ねっとりと粘つくように感じる空気、そして何より魔王が滅びてからより感じるようになった人の悪意。


 ―――この世界は何かがおかしい。


「その鎧、お前は教会でもそれなりに地位があるだろ?

 俺達よりも女神に対して近いお前達だからこそ単刀直入に聞くが、お前たちは今この世界で何が起こっているのか知っているのか?

 災厄が発生しているという事ではない。もっと根本的な何かだ。俺は今この状況、この世界に対して違和感を感じているんだ」


 これは俺がもともと王国にいた時、アルの村でミレイユ達の末路を見届けた時から感じていた、嫌な空気からはじまっている。ミレイユの掌返しもそうだが、王国の民たちの肥大化した愚かさも、公国の奴らの増長もそうだ。俺は何か大事な事を見落としている様な気がするのだ。


「……ハーッ、ハーッ、ハーッ」


 騎士は俺の言葉に、息を荒くしている。何を怯えているんだ?俺に対してじゃない、もっと違う何かだ。


「知っていることを正直にいえ。事と次第によっては命を助けてやってもいい」


 俺のそんな言葉に、騎士は恐る恐ると言った様子で口を開いた。


「……魔王以降の災厄を顕現させたのは女神の意志だ」


 女神。勇者パーティに力を与えた超常の存在。この世界の天秤を司るとされるもの。ただ……あぁ、やっぱりそうかという気持ちもある。


「……勇者や女神を信奉する我々教会は、帝国の東にある女神の神殿を管理している。そこには女神の真核とされるモノがあるが、ある日突然そこに誰も立ち入れなくなった……というよりも中にいた信者は皆破裂して死に、以降何人も近寄る事のできないように強力な結界が張られている。女神自身が人を拒むようにな―――それは恐らく勇者が自死してからだ」


 初耳だぞ。というか女神の神殿というのはなんだ?勇者パーティの俺もそんな物知らない。ファルティやイレーヌもだろう。


「知らないのは当然だ。我らの中でも大司教の私やそれ以上の人間の一部しかその場所の存在を知る者はいない」


 大司教!アークビショップ!!こいつそんな大物だったのか!!!

 随分と立派な鎧を着ているとはおもったがそれなら納得だ。わざわざ大司教に鎧を着せて、貴重な帝国からの武器を持たせて先兵として動かすほどの人物……なら本隊を率いるのは枢機卿か?それとも―――まぁ、それはどうでもいいか。


 ……つまりこの大司教の言う言葉が真実だとするなら、


女神が災厄を顕現させたというなら―――パズルのピースが埋まってきたな。


「……女神は最後の信託を通じて我々に宣言したのだ。この世界は終わる、と。我々は、女神に見捨てられているのだ!!だから我々人間には女神に代わる新たな力が必要なのだ!!我々篤信派こそが正義!!新たな次代をつくる選ばれし者達なのだ!!」


「……そうかい。お前からはもっと色々と情報を引き出させてもらいたいが、どうしたものか」

 

 篤信派の暴走の原因の一端が垣間見れた気がするな。……こいつが大司教というなら、もっと情報を吐かせたいが子供のいる場所にこいつを連れ帰るのもなぁ。魔剣で斬り落とした傷口が綺麗に焼き潰れて止血されているので出血多量で死ぬことはなさそうだが腕を失い両足へし折っているので見た目的によろしくない。

 どうしたものかと考えていたところで視線を感じてみると魔神がにこにこしながら俺を視ていた。


「この男を確保しておけばよいのですね?ふふふ容易い事です」


 そういって大司教の襟首を掴むと大司教の身体がズブズブと闇の中に沈めていった。あぁ、これは魔剣を作った時の謎の空間か。


「……何なのその力、怖っ」


「ふふふ、そんなにほめてもなにもでませんよ神弓殿」


――――それから兵士たちの持っていた銃のような武器を回収して、俺達は街に帰った。

 いずれくる本隊への対策に拾った武器を使わせてもらうとして、その日は疲れたのでそのまま教会で休ませてもらう事になった。


 ――――だが夜になってみるとどうにも眠れず、椅子に腰かけて剣の手入れをしていた。

 コンコンと部屋のドアをノックする音がしたので返事を返すと、果実酒の瓶とグラスを2つもったイレーヌが入ってきた。


「フフフ、眠れないのでしょう?部屋の灯りがもれていましてよ」


「まぁな。……おっとそいつはボドルースの70年モノか、随分上等だな」


 机の上の武具を足元に下ろしテーブルの上を開けると、とっておきですのよ、といいながら対面の椅子に座りグラスをおくイレーヌ。

 ご相伴にあずかれるというのはありがたいが、イレーヌが俺と飲みたがるなんて珍しい事だ。


「お礼と労いですわ。……今日は本当にありがとうございました。おかげで助かりましたわ」


 そうお礼を言いながら果実酒を開け、注いでいくイレーヌ。


「その事なら気にするな。……偶然だが大司教を捕らえる事も出来た」


「大司教を?……えぇ??」


 俺の言葉に困惑するイレーヌに今日の戦いの顛末と魔神が不思議な空間に大司教を確保している事を説明すると、複雑そうな顔をする。


「魔神さんは不思議な方なのですね……。ですが、そうですか。やはり女神様が……」


 イレーヌも思い至る事があったようで静かに頷いていた。


「魔王討伐の旅の間は時々聞こえていた信託が今では全く来なくなりましたからね。元々信仰心が薄かったものですからあまり気にしてはいませんでしたが」


「そういうものなのか。そういえば旅の間でもたまに女神の信託がとか言ってたもんな……しかし聖女でありながら信仰心が薄いってのもどうなんだそれ」


 そんな俺の言葉に苦笑しつつ、過去を思い出すように遠くを見つめるイレーヌの顔がランプの灯りに照らされる。


「ラウルには少し話した事がありましたわね。私―――若い頃は貴族相手に娼婦をしていましたの。だからこの世界が上等であるとも、困ったら神が人を救ってくれるとも思った事は一度たりとも在りませんわ」


「……アルやファルティが寝た後に少しだけ聞かせてもらったな」


 旅の中で少しだけイレーヌの過去について聞いたことがあった。……イレーヌの落ち着いた態度はそういった人生経験から来るものだと。


「えぇ。……私は帝国の路地裏で産まれた身です。母も娼婦、父親はどこのだれかもわかりません。

 幸いにも容姿がすぐれていましたから身を売る事で生きながらえることが出来ました。……それも、生まれ持った不浄の加護で病に耐性がありましたからこうして今も健全な身体で生きていることができるだけで、同じように暮らしていた友人たちはみんな大人になる前に様々な理由で命を落としましたわ。

 私も、それこそ生きるためなら貴族の尻の穴だって舐めましたわ、なんだってやらなければ生き残れませんもの。

 だから私は神は何もしてくれない、自分自身でなんとかするしかないのだとそう信じて……信仰とは最も遠い場所で生きてきたのですよ。

 ――肥沃な大地に恵まれた王国が珍しいくらいで、世界の大半ではそういう風にしか生きられない子供たちがたくさんいるのです」


 あらためて聞かされると何と答えればよいのかわからなくなる。

 それは俺が恵まれていたからなのだろう。……故郷を失っても衣食住に困らず王国で育つことが出来た俺の過去は、イレーヌと比べたら恵まれすぎている。


「貧困、略奪、支配層に虐げられ搾取される人々、差別。この世界に、いや人間には―――もっとずっと前から、救いは無かったのかもしれませんわね」


 イレーヌのそんな言葉に応える言葉がなく、グラスを手に取ると真っ赤な果実酒が並々注がれている。俺は暫しそれをみつめた後、無言でそれを飲んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る