上京
曖昧模糊
プロローグ
よく晴れた夏の日だった。
最高気温は確か30℃超え。湿気てべったりと髪にまとわりつく、けれど一瞬の心地よさを皮膚の表層に与えて再び空気中へ霧散する、そんな風のそよぐ昼下がり。
街路樹に群がるアブラゼミの大合唱。
歩行者信号の奏でる平和なメロディ。
迎えにきてと頼んだのは私だった。
最初に女性の悲鳴。
次に男の人の怒号。
駆け寄る足音。遠ざかる足音。
泣き叫ぶ子供。
その子の目を覆う母親の上擦った声音。
私の額から流れ落ちた汗が、車のボンネットに垂れる音。
鳴り止まない全ての音がうるさくて。
スローモーション映像のように遅くて遠い、いつかの夏の日。
私の意思に反してそれは、3年経った今でも毎晩寝る前の私の脳内で勝手に再生され、早送りも倍速も出来ず、私が疲れて意識を失うまで、終わりなく、きっと今夜も繰り返す。
明日も明後日も、永遠に。
消えることはないのだろう。
母はあの日、笑って死んでいた。
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