Ⅳ.今、立っているこのセカイは

26.クールビューティーに思いを馳せて。

「終わったぁーい」


 放課後。


 いつもよりは二時間ほど早い解放感。


 それもそのはず。今日は土曜日だ。唐突に妹から起こされるというエロゲ的イベントからスタートしたもんだから、曜日感覚など、きれいさっぱりどこかにフライアウェイしていたが、やっとつかめた。


 そして、つかめたついでに気が付いたことがある。今はちょうど四月の中旬から下旬へと移り変わる頃。そろそろゴールデンウィークという大型連休の影が見え隠れしだし、どこかそわそわとした空気が漂い始める時期だ。


 そう。


 ゴールデンウィーク。


 折角の休みだ。


 何かしらのイベントを入れたい。入れたいが、今のところ大した予定は入っていない。


 いけない。これではなんとも灰色な青春になってしまう。既に両隣に美少女を侍らせておいてなにを言うかという気がしないでもないが、それはそれ、これはこれだ。


 夏ではないから海やプールで、同級生の水着姿に鼻の下だとか、その他諸々を伸ばすことは出来ない。あ、プールは出来るか。今時室内の温水プールだって立派なのがあるだろ。まあ、そもそもそこに誘うところからやらないと、なんだけど。


 と、まあ、俺が来たるべき大型連休に思いを馳せていると、


「はい、終わりました。ですから、一緒に帰りましょう」


「えーと……」


「どうしました?」


「お前……小峯こみねだよな?」


 それを聞いた小峯詞葉ことはは小首をかしげて、


「はあ……?そうですけど。あの、立花たちばなくん。もしかして、人の顔と名前を覚えられないタイプの人ですか?」


「いや、そうでもないけど……」


 それを聞いていたのか聞いていなかったのかは定かではないが、高島たかしまがひょこりと顔を出して、


「駄目だぞ、宗太郎そうたろう。難聴は良いが、記憶喪失は駄目だ。大抵似たような展開になりがちだ。思い出せ、思い出すんだ」


 ちゃちゃを入れてくる。まあ確かに記憶喪失ものがお涙頂戴の三流感動ポルノになりがちだっていう意見は俺も賛同しきりなんだけど、今はそんなことよりも、


「いや、顔も名前も覚えてる。覚えてるからこそ困惑してるんだ。小峯」


「はい、なんでしょうか」


「お前、そんなキャラじゃなかっただろう」


 そう。


 キャラだ。


 一体何を言ってるんだと言われそうだけど、仕方ない。だってそう表現するのが適格だから。昨日、転校してきて、俺の隣という席を確保し、口から先に生まれてきたんじゃないかと思ってしまうレベルでしゃべり散らかしては場を引っ掻き回していたあの小峯とはとても同一人物には思えないのだ。


 まず、見た目が違う。


 昨日はかけていなかった黒縁の眼鏡をかけ、髪は緩やかにひとまとめにして、肩口から、身体の前へと垂らしている。口数だって少ないし、口調だって丁寧だ。


 おまけに、俺に確認を取ったわけでもなく「宗太郎くん」と呼んでいた昨日とは違って、「立花くん」呼びだ。心なしか声のトーンも低めで、小さい。昨日からずっとこの調子ならば口数の少ないおとなしめの美少女として処理出来たはずだ。


 が、現実は違う。


 現実の小峯詞葉は、口数は多いし、喋り方に丁寧という要素は殆どないし、もっとハイトーンボイスでくっちゃべりまくってたはずだ。


 全くの正反対。


 これが演技で無かったらなんなんだ。


 朝は何かの悪戯とかどっきりとかそういう類のもので、どこかしらでネタ晴らしがされるものだとばかり思っていたが、どうやらそういったシステムは無いらしい。


 だったら、こっちから化けの皮を剥ぎに行くだけだ。


 「どうした?イメチェンか?それとも高校デビューで猫被ってみたけど、あまりにも辛いから一日でギブアップか?ん?」


 そんな俺の皮肉に対しても、小峯は全く動じない……どころか、ちょっとばかし距離感を感じる声のトーンで、


「あの……言ってる意味がよく分かりません。立花くん、漫画の読み過ぎじゃないですか?」


「いや、それはお前……」


 そこまで言って、閃く。


 待てよ。


 昨日のこいつの言動、どこかで見たことないか?


 口から先に生まれたかのような早口&口数の多さ。支離滅裂な会話。ノリの良さ。自由奔放。この感じ、どこかで……


「あ」


「な、なんですか?」


 小峯がびくっとなる。


 やはり、完全には擬態しきれないらしい。


 俺は決定的な証拠を突き付けるべく。


「そうか。そういえば時期が近かったな。うんうん。なるほど、なるほど」


「な、なにを一人で納得してるんですか。私にも分かるように話してください」


「ほら、あれだろ?あれに出てくるヒロインの真似事だろ?俺」


 小峯は俺に詰め寄って口元を手で覆い、


「そこから先を口にしたら股間を蹴り上げますよ」


 酷い。理不尽だ。そっちが分かるように話せっていったんじゃないか。


 まあいい。


 種が分かれば難しい話じゃない。


 こいつ、小峯詞葉は(恐らく)自分の気に入ったラブコメ、そのヒロインを模した喋り方をしていたんだ。昨日のも、今日のも、覚えがある。


 最初のを一日でやめたのはきっと、俺の受けが悪かったから。そんなことある?と思うけど、今のところそれくらいしか可能性が思いつかないから仕方ない。ただ、そうなると小峯は俺に対してアプローチはしているのに、俺と同じ部活動に入ることは拒んでいることになる。大分難しい状態だな。難儀ですね。

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