このセカイの偽りを俺だけが知っている

蒼風

終焉Ⅰ

桜の樹の下には

 街を一望出来る、小高い丘の上。


 簡易的に整備された、半分が雑草に覆われた丸太の階段を登った先に“それ”はある。


 桜の樹だ。


 それもただの桜の樹じゃない。


 見上げるような高さの幹から、溢れんばかりの生命力を感じさせる枝、葉、そして綺麗な花をたたえている。


 人々の、日本人の心の奥底にある原型とは、あまりにも程遠い大きさをもつ“それ”は決して枯れることなく、あの美しい花を、満開に咲き乱れさせ続けている。


 季節を問わず。


 時代を問わず。


 おかしな話だ。そんなはずはない。桜の花が、一年中咲き誇ることなど、本来はありえないはずなのだ。


 けれど“それ”は咲き誇り続ける。


 その異常性に、決して気が付かれることなく、美しくも恐ろしい花を、咲かせ続ける。


 桜の樹の下には屍体したいが埋まっている!


 抽象か。


 比喩か。


 あるいはそれ以上のはちきれんばかりの想いか。


 いずれかを孕んだその一文は今、冷酷な響きとなって、脳内を駆け巡る。


 目の前に立ち、こちらを睥睨する桜の樹。


 もし、桜の樹の下には屍体が埋まっているのだとすれば。


 この、桜の樹という概念を大きく飛び出した異形の下には、一体何が埋まっているというのか。


 どれだけの死を。


 どれだけの絶望を。


 どれだけの悲恋を。


 にも、関わらず。


「もしお前に聞く耳があるなら答えてくれ。何故、こんな結末を描いた」


 何故。


 どうして。


 そんな訴えかけに、桜の樹は決して答えてくれることは無い。ただただ、不気味なまでの美しさを誇り続けている。


 訴えに応じず。


 願いを聞き入れず。


 ただただ、在り続ける。


 観測者か。


 審判者か。


 あるいは。


「……まあいい。勝手にやることをするだけだ」


 そうだ。


 今するべきことは、無愛想で、慈愛の欠片も持たない神に唾を吐くことじゃない。

 はじめよう。


 そして……終わらせよう。


 全てはハッピーエンドの為に。


「どうか、楽しく生きられますように」


 それが、願い。


 もし、桜の樹の下には屍体が埋まっているのだとすれば。


 この、桜の樹という概念を大きく飛び出した異形の下には、一体何が埋まっているというのか。


 どれだけの死を。


 どれだけの絶望を。


 どれだけの悲恋を。


 それらを糧として、生まれ出た“それ”は、一体どんな景色を見せてくれるのだろうか。


 それは生。


 それは希望。


 それは諸恋もろごい


 そんな夢物語。


 けれど、今望むのはたったひとつの、単純で、あまりにささやかな願い。


 だからせめて。どうかそのくらいは叶えて。


 両の手を合わせ、祈る。


 どうか、楽しい人生を。


 自らの手で終わらせることのない、エンドロールを求めない人生を。


 ただ、それだけ。


 相変わらず、桜の樹は沈黙を貫く。


 ただただ、圧倒し続けてくる。


 きっと、今までも、そしてこれからもずっと、見守り続けるのだろう。


 だからきっと、大丈夫。


 ハッピーエンドはきっと訪れるはずだ。


 例えそこに、自分がいなかったとしても。

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