第5話 初めての家族晩餐
さて、サバンズ家の夕飯の時間がやって参りました。
貴族風に言えば、晩餐ですな。
これは、覚えている。
なかなかの地獄絵図でした、はい。
マリーアは、平民にしてはマナーはしっかりしている。きっと亡きお母様がそれとなしに教えてくれていたのだろう。
ただまあ、いわゆる高位令嬢としては、まだまだだ。仕方ないのだけれど、原作ではいろいろと思う所がありすぎたお母様と私で嫌味を言い続け、マリーアが泣くのを堪え、父が庇い、私たちを諫め、更に私たちが逆上し……と、まあ、あるある地獄晩餐会だった。
今回はお母様も落ち着いているし、大丈夫だろうとは思うけど、やはり緊張する。
目の前には、前世で一人二万円はしそうなフルコースのスタートのような、美しい前菜が並んでいる。宝石みたいにキラキラだ。胃をキリキリさせずに、楽しく美味しくいただきたい。
お茶会でのマリーアのマナーは充分綺麗だった。何かあったらフォローすればいけるはず。
「皆、揃っているね。では、いただこうか。女神様に祈りを」
お父様の声に、食前の祈りを女神様に捧げる。ファーブル国は、愛と豊潤の女神フローラ様を信仰する国だ。
本日も恵みに感謝して、いただく。
白身魚のカルパッチョをぱくり。うーん、美味しい!ファーブル国が海沿いで良かった!
「美味しいですね、マリーお姉さま!」
「え、ええ……」
私がにこやかに隣のマリーアに話かけると、彼女は固い表情で返答してきた。
「マリーお姉さま?何か苦手なものでも……?」
「ち、ちがっ、違うのよ、リリー。……恥ずかしいのだけれど、マナーが不安で……」
「お茶会は綺麗でしたよ!」
「ありがとう。でも、こんなに豪華なのは、初めてで……」
マリーアの声が段々と小さくなってくる。
「まだ仕方ないわ。それでもリリーが言うように、今まで平民でいたにしては充分美しい所作です」
想定していなかっであろうお母様の言葉に、少し困惑気味な顔を向けるマリーア。お母様は、そんな彼女に優しく微笑み返す。
「きっと、お母様が教えて下さったのね。大事になさい。……ただ、侯爵令嬢としてはまだまだです。ふさわしくなるよう、これからはわたくしがきちんと教育します。今日は初日なのだから、そんなに肩に力を入れず、でもそうね、リリーの真似から始めなさい。リリーはお手本よ?しっかりね」
「はい!お母様」
「サバンズ侯爵夫人……ありがとう、ございます」
お母様ー!!それでこそお母様やーーー!!!余裕があって、優しくたおやかな侯爵夫人だ。マリーアも泣き笑いのような、安心した笑顔を浮かべている。地獄の晩餐会の回避成功だあ。よかったー!
「侯爵夫人は堅苦しいわ。先ほどはお話できなかったけれど……もう、わたくしたちは家族なのだから、わたくしのことも母と呼びなさい。それと……わたくしもマリーと呼ぶわね、よろしくて?」
「も、もちろんでございます!こ、いえ、お義母様!」
うんうん、最後にちょっとツンが出た所も含めて、最高ですお母様。私、ツンデレさん好きなんだよなあ。可愛いよね?
「ジョセフィーヌ……すまん、ありがとう」
それまで空気のようだったお父様が、動揺を隠しきれていないものの、嬉しそうな空気を纏ってお母様に話かける。
「旦那様にお礼を言われることではございませんわ。貴族夫人として、当然のことですから」
わあ、そっぽ向いてツンツン発動だね!お母様。うれしいクセに……耳赤いですよ。そしてお父様、安定の苦笑いじゃなくて、何か言ってあげて!物静かで穏やかが売りなのもいいけど、言葉足らずはやはりいかんのだよ。
ではここで、リリーの大作戦、第二弾!
『子どもは何でも言っちゃうよ!』作戦だ。
「お母様、大好きなお父様もマリーお姉さまも嬉しそうで良かったですね!やっぱり大好きな人たちが嬉しいと自分も嬉しいですね!わたくしも嬉しいです!」
私の笑顔のカミングアウトに、真っ赤になって固まる母。
ふふふ、沈黙は肯定ですよ。
さあ、お父様、貴方まで固まっていないで、出番です!
「リリー、それは……いや、ジョセフィーヌ、わた」
「ち、違うのです、旦那様!いえ、あの、ですから決して嫌いというのではなく……!」
お父様の問い掛けに、意識を取り戻したお母様が慌てて言葉を重ねる。マナー違反だが、それどころじゃないらしい。
珍しいお母様の反応に、少し困惑気味のお父様。こんなお母様もかわいいでしょ?さて、トドメだ!
「わたくしもお父様とお母様みたいな夫婦になりたいです!お父様もお母様のことが大好きですもんね!」
「えっ?」
驚愕の顔を私に向けるお母様。何を言ってるのこの子は、って、顔に書いてある。そりゃそうだ、お父様って、普段が無表情過ぎるもの。
でも私は知っている。原作のラストでお母様とリリーの罪と追放が決まった時、『わたしがもっと二人にきちんと愛情を伝えていれば……』と、盛大に後悔するのだ。お母様に渡せず終いだった、繊細な金細工にエメラルドをあしらった、美しいネックレスを握りしめながら。
私たちに良かれと思って、以前の私たちに戻って欲しくて厳しく伝えた諫言は、私たちには厳しさしか伝わらなかった。ツンデレと不器用カップルの、残念なすれ違いだ。何だか巻き込まれたようで、リリーが憐れに思えてきた。
「……ああ、もちろんだ。ジョセフィーヌのことも、そしてリリーの事だって愛しているよ」
お父様!やればできるじゃないですか!続けて下さい!
と、私が内心でかなり盛り上がっている向かいで、お母様は更に信じられないという顔でお父様を見ている。
お父様はその視線を受けて、苦笑気味に口を開いた。
「そうだったね、自分のしたことだ……。恥じ入っているばかりではなく、ジョセフィーヌにもリリーにも、そしてマリーアにもきちんと話をしなければいけないね。全て言い訳に聞こえるだろうが、聞いてほしい」
今回は、父の気持ちも聞けるようだ。
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