第14話 やがて向き合うもの

「魔道具士のブレク・フォルトネって知ってるか?」

それが、『親父のことを話す』と口を開いた、

ティアさんの最初の言葉でした。


「ご、ごめんなさい・・・! 私、きっとそういうのに詳しくなくて・・・」

今、分からないのはもちろんですが、全く聞き覚えが無いので、

記憶を失う前の私も、知らなかったのではないでしょうか。


「ああ、気にしなくていいぞ。

 ごく一部の連中の間で、相当な変わり者として知られてたらしいからな。

 私も親父の書き置きが無ければ、どんな仕事かも分からなかっただろう。」

「書き置き、なのですね。その、ティアさんのお父様は・・・」


「私が小さい頃に逝っちまった。村長のところに住まわせてもらってるのも、そういうわけでな。

 親父のことは、全く覚えてないってこともないが、大体は残されたものから知るくらいだ。」

「・・・・・・」


話すと言ったからには、このような流れになることも、ティアさんは想定しているのでしょう。

でも、聞いて良かったのか・・・私の胸にそんな思いが積もってゆきます。


「親父は昔、やばいところで魔道具を作っていたらしいんだ。金払いが良いって理由でな。

 だが、おふくろが私を生んだ後、あれこれ理由をつけて、その連中に私ごと連れて行かれそうになったらしい。」

「え・・・!」


「それで、親父とおふくろは、そいつらの影響が及ばないところまで逃げることにしたんだ。

 結局、身体に負担がかかったとかで、この村までたどり着けたのは、親父だけらしいけどな。」

「・・・っ!!」

私の胸の音が、とくとくと速くなってゆくのを感じます。


「ティアさん、辛い話をさせてしまって、ごめんなさい・・・・・・」

少し呼吸が苦しいですが、気力を振り絞るように伝えます。


「ああ、謝らなくてもいいぞ。

 私にとっては実感が無い話だし、思うところがないわけでもないが・・・」

ティアさんが魔道具を手に握ります。


「もしその連中が現れたら、こいつでぶっ倒すって決めてるからな。」

その表情は、前だけを見るように強く、

そして少し、危うく感じました。


「・・・て、ティアさん。

 もう少し、その魔道具を見せてください。魔力を込めて撃つところも。

 ここまで話してくださったのなら、私もお手伝いしたいと思います。」

「あんた、ちょっと顔色悪いけど、大丈夫か?」

「はい・・・! 問題ありません。」

心配そうに言うティアさんに、ぶんぶんと首を振って、私は笑顔を作りました。




「サクラさん、お帰りなさい!」

村の外にあった気配が、こちらへ近付いてくるのを感じた時から、

待ち遠しくてたまらなくなって、姿が見えた瞬間、思わず飛び付きます。


「ミナモちゃん。急に抱き付くのは危ないから、気を付けてね。」

「ご、ごめんなさい。」

私に注意しつつも、仕方ないなあ・・・と言うように、頭を優しく撫でてくれました。


「・・・鼓動が速い気がするけど、何かあったの?」

「その、ティアさんから色々と話を聞きまして・・・」

サクラさんにぴったりと身体をくっつけて、互いに顔を寄せ合い、ささやきます。


「そっか・・・ところで、気付いてるかな?」

「はい。村の入口近くの、小高いところに二人ですね。」


「うん、私が調べてきたほうと似た気配。これは確実かな。」

「狙いは、やっぱり・・・」

「そうだろうね。一度宿へ戻って整理しよう。

 その後で村長さんに報告するよ。」

「はい・・・!」


万全ではない私をひょいと抱え上げ、サクラさんが宿へと向かってくれます。

ぎゅっと身体を押し付けて、その温かさを感じていると、私の速い胸の音も、収まってゆきました。



*****



「今までの調査状況について、お伝えします。」

宿に戻り、お互いが得た情報について話し合ってから、報告のために村長の家へ。

ミナモちゃんも回復しているようで、本当に良かった。


魔道具の練習中に、他の子供達に呼ばれて遊んでいたらしいティアも、今は同じ部屋にいる。


「村の外には、十人程度の盗賊らしき人達と、

 それを統率する、少し身なりの良い人物がいます。」

「なんと・・・!」

まだこの村には何もしていないだろうから、

『盗賊』と言って良いかは微妙なところだけど、

都市の依頼で色々見てきた身としては、ほぼ確実だと言える。


問題なのは、それに指示を出していて、

おそらく報酬も支払っているだろう存在がいることだけど。



「そして、村の入口近くで、中の様子をうかがう二人も確認しました。

 これは、ミナモちゃんに村から調べてもらった結果とも一致しています。」

「やはり、強い目的をもってこの村を見張っているということか・・・」


「あなたには、その心当たりもあるのでは?」

「ぐっ・・・」

村長さんが苦々しい顔をする。


「先程言った、身なりの良い人物は、

 大きな口を開け正面を向いた、異形の人の顔とでも言うような紋を持っていました。

 これについて、ことはないでしょうか。」

「・・・テン、マ・・・・・」


「・・・!」

「お、おい村長。なんなんだそれは・・・?」

ただならぬ表情に、ティアも声を上げる。


「ブレク・・・お前の父が、余命わずかとなった頃、私にだけ伝えたことだ。

 それは自らが抜けてきた組織。もしもこの村に現れるようになったら、ティアや自分が残した魔道具には、近付けないでほしい・・・と。」

「な・・・!?」


「そんな・・・ティアさんも、魔道具も、

 おそらくはもう、見られてしまっています。」

少し息苦しそうにしながら、ミナモちゃんが言う。


「すまぬ。このような話にはまだ触れさせたくないと思い、伝えるのを遅らせた私の失態だ。」

「いいや、村長。そいつを知ってたとしても、私がやることは変わらないだろうな。」

深く頭を下げる村長さんに向かい、ティアが力強い声を上げる。


「そいつらが親父やおふくろを苦しめた連中なら、私がぶっ倒せばいいだけだろ!」

その手には、父親から残されたものをもとに、

彼女自身が作り上げたという魔道具が握られていた。



「ティアさん。まさか一人でやろうなんて思っていませんよね?

 今日の練習、何度的を外したか覚えていますか?」

「うぐっ・・・!」

ミナモちゃんが少しすぐれない表情ながら、にっこりと笑って言うと、ティアが言葉を詰まらせる。

こうして見ると、強くなったなあ・・・


「もちろん、私もお手伝いするつもりですが、

 完全に解決するには、村の方々にも協力を仰いだほうが良いでしょう。

 少し、考えを聞いていただけますか?」

二人の様子を見ながら案を出すと、少し難色を示されたり、細部を変えるところはあったけれど、

最後にはまとまり、明日には実行に移すことになった。




「よく頑張ったね、ミナモちゃん。」

「あ、ありがとうございます、サクラさん。」

村長の家を出たところで、そっと抱き寄せると、

ミナモちゃんが少し力が抜けた様子で、こちらに身体を預けてくる。


「でも、無理は禁物だよ。」

「だ、大丈夫です。本当に危ないって思ったら、サクラさんに助けを求めますから。」

一つ息をついて、ミナモちゃんが深刻そうな表情で、言葉を続けた。


「さっき村長さんが言った、ティアさんのお父様が抜けてきた組織、

 どうして私まで、聞き覚えがあるのでしょうか・・・」

それを聞いた時に、はっとした表情が見えたし、

少し苦しそうにしていたのも、そこからだ。


「その組織が、この辺まで手を伸ばしてきているのを考えると、

 これからの旅で、嫌でも向き合ってゆくことになるかもね。

 今のミナモちゃんの様子を見る限り、無理に知ろうとするのは、お勧めできないよ。」

「そう、ですね・・・」


「まずは、明日だよ。ミナモちゃんが元気でないと、上手く行くはずのものも、そうではなくなるからね。」

「はい・・・!」

今は万全ではないけれど、決意を秘めた表情で、ミナモちゃんが答えた。



「えっと、今日休んでいる間は、長めにこうしていても良いですか?」

そして、緊張を解いた様子で、私にぴたりと身体を付けてくる。


「うん、ずっとでも良いよ。」

私もそうしてほしいと、思っていたくらいだ。


「ずっとは、サクラさんが疲れちゃいます・・・」

「あはは。そんなことないから、遠慮しないでね。まずはこうして、宿に戻るよ。」

「はい・・・」

ミナモちゃんを抱き上げて歩き出せば、柔らかい微笑みと共に、ぽすんと顔を押し付けてくる。


出来れば、こういう表情で長くいられるような旅にしたいけど・・・

おそらくは難しいだろう気持ちが、少し胸に浮かびつつも、私はミナモちゃんと共に、明日に向けて動き出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る