第38話 大丈夫だよ

〜*〜*〜*〜*〜*

「あぁ、大丈夫大丈夫。何見たか知らないけどさ、今は現実だから」


 一人の男がこちらに近寄り、鉄格子越しに私たちに話し掛ける。

 怯えるカーヤちゃんを背に私は男に尋ねる。


「ここはどこ? 貴方達は誰?」


「さぁ? どこだろうな。それに俺たちが誰かなんて大体想像つくんじゃねーか?」


「おい、アギサさん。この女の左腕、あれじゃんか。ほら、祭りの国の……」


 その声を受けて目の前の男、アギサさんと呼ばれた男が私の左腕をじろじろと見つめる。


「偽絆の結び……か」


「この女、相手いるってことかよ。じゃあ傷もんじゃねーか」

「でもある意味、珍しいものとして売れるんじゃね?」


 アギサという男の背後で男たちが何やら話をしている。その内容の気持ち悪さに顔をしかめる。


「……人売り」


「正解。俺たちも生きるのに必死なんだよ。分かってくれ、嬢ちゃんたち」


 アギサはそう告げて私を見定めるように見遣る。でも、私が気になるのはそこではない。あの魔法の本、それを意図的に行なっていることへの疑問。


「あの本は何? 貴方達は魔法を使えるの?」


「……は? あの女なんて言った?」

「真面目な顔して、魔法とか言ったぞ」


 私の疑問に対する答えは、男たちの嘲笑ちょうしょうだった。だけど、目の前のアギサだけは一切表情を変えずに私を見つめている。


「じゃあ、あれは何?」


「さぁな。さっきも言ったが、俺たちは生きるのに必死なんだよ。得体の知れない物でも使える物は使わせてもらう」


「他の人たちは……?」


「売れる奴は売った。それ以外は処分したさ」


「処分って……」


 この男はあまりにも普通のことのようにあっさりと告げるものだから、私はその真意を測りかねない。でも、答えは目に映る視界に見えていた。


「……そろそろ、目も慣れてきただろ。大丈夫さ、あんたたちは売れる。あぁなりたくなければ、大人しくいていることだ」


 視界の端に何かがあった。その詳細がはっきりと見えてしまった瞬間、私はカーヤちゃんの目を塞いだ。


「カーヤちゃん、前見ちゃ駄目だから」


 私は理解した。今の自分達が置かれた状況と、目の前の奴らは人間の皮を被った醜悪なものだと。



〜☆〜☆〜☆〜☆〜☆


「あれ? 先に戻ってると思ったけど……」


 取り敢えず次の目的地は分かったので、ルルに伝えようと探し回ったけど見つからなくて宿に戻ってみたけど、二人の姿が見えない。それどころか戻った形跡も見当たらなくて首を傾げる。


「……戻ろう」


 なんだか嫌な予感がする。結びからはなんの感覚も来ないから心配はないけど、胸騒ぎがする。そう思うのは、結びがあまりにも静かだから。



 そうして再び館内に戻ったわたしは、たくさんの本を尻目に二人の姿を探す。それでもやっぱり二人の姿はどこにもなくて、わたしは近くの人に尋ねる。


「あの、ルル……、桃色の髪の女の子見なかった?」


「桃色の……? あぁ! あの、虚言吐きの人に話し掛けてた子がいたよ」


 わたしが話し掛けた男の人は少し戸惑いながらも答えてくれた。


「虚言吐きって?」


「噂だよ、ここの。そいつが言うには、人を吸い込む魔法の本があるんだって騒ぐんだよ」


「魔法……の本」


「嬢ちゃんもそんな話、信じらんないだろ?」


「ううん。わたしは信じるよ」


 わたしはそうはっきりと男の人に告げる。男の人は少し驚いたように目を見開かせるも、直ぐに表情は呆れたような冷めたものになった。


「嬢ちゃんも随分と変わり者だな。じゃあな、そんな物あるわけないんだから、程々にしなよ」


 そう言い残して歩き去る男の人を見送りながら、わたしは考える。


(魔法の本があるなら、探せる……!)


 人から感じる生命力マナは微量すぎるし、ここは人も多いから一人一人の判別は難しいけど、魔法の本なら集中すると探せるかもしれない。


 わたしは目を閉じて辺りから感じる気配に意識を集中させる。

 周りから感じるいくつもの気配の粒を掻き分けながら、その中で少しだけ目立つ大きな粒を見つけ出す。


「これかな?」


 そうして見つけた本棚の中、一つの本を見つめる。その背表紙にはこう書かれていた。


「……ネアン?」


 わたしはその本に手を伸ばす。確かに感じる生命力マナを感じつつ、もう触れる時だった。

 ぱん、と反発するような大きな力がわたしの手を弾いた。


「……また」


 手掛かりが目の前にあるのに何も出来ない歯痒さに奥歯を噛み締めた時だった。


「……ルル?」


 右腕の結びから感じた感覚は、肌寒さに似た震え。それに呼応するように感情が不安に揺れる。


(ルルになにかが起きてる……?)


 頭の中に星下の元、ルルに誓った約束を思い出す。あんなことを言って直ぐ、わたしはなにをやっているんだろう。


「──また、お困りのようですね」


「君、さっきの……」


 不意に届いた男の子とも女の子とも捉えれる不思議な声に顔を上げる。そこには先程の銅像の前で出会った中性的な子がいた。


「何を怖がっているのですか? 貴方はこの世界そのものなのですから、無理に押し通ればいいのです。だって──魔法は何でも出来るのですから」


 そう言ってこの子は微笑む。好意的な笑みのようで、でもどこか人を陥れる悪魔の笑みにも見えてしまうのはなんでだろう。


 だけど、嫌な気持ちはしない。だって、わたしもそう思っているから。

 魔法は何でも出来るって、今でも信じているから。


「君は誰? わたしのこと、なにか知ってるの?」


「……いいのですか? 今こうしている間にも、貴方様の大事にしている奴がどうなっているか……」


「……そうだね。ありがとう」


「いえ。もったいないお言葉です」


 わたしは再び目を閉じる。ルルがこの本の中にいるのなら、わたしも入ればいい。まずはルルの居場所を。


(……わたし、なにを難しく考えてたんだろう)


 わたしは再び魔法の本に手を伸ばす。そして再び反発する大きな力を感じるも、それをわたし自身の膨大な生命力マナで無理矢理に抑え込む。


「……通して、ルルのところに」


 本から光が溢れる。その光を放つ本の中に赤い色と誰かの阿鼻叫喚の声が聞こえる。

 それはわたしに底知れぬ不安や恐怖の感情を掻き立てるけど、それ以上にぞっとするものが目の前にあった。


「あぁ……、あぁ! 素晴らしいぃ! やはり、貴方はこの星そのものだ!」


 恍惚こうこつとした表情を浮かべ、両手を広げて感嘆の声で叫ぶ不思議な子がわたしの目に映る。

 その異様に映る姿になぜか身の毛がよだつ。


「また、どこかでお会いしましょう。大樹の女王様」



〜*〜*〜*〜*〜*


「お前ら。また別のが釣れるかもしれねぇ。別の所にその本入れとけ」


 アギサの声に他の男たちはやけに古びた本を手にして奥へと引っ込んでいく。


 目がこの暗闇に慣れて分かったことは二つ。ここはどこかの洞窟の中のようだということ。

 そしてもう一つは、この場所は見るにえないものがまるでごみのように転がっていること。


 この場所は死臭が強過ぎる。


 気持ち悪そうに顔を青ざめるカーヤちゃんを気遣いながら、出来るだけその視界に"それ"が映らないように自分の身体を前にする。


「もう一度だけ忠告する。嬢ちゃんたちが大人しくしている限り、俺たち《・・・》はあんたたちに何もしない」


 アギサは私に突き刺すような目線を投げ掛けながらそう話した。


 そして、アギサもどこかへと去って行き、鉄格子の中に私とカーヤちゃん二人だけになる。


「……お姉ちゃん。怖いよ……」


「……カーヤちゃん、大丈夫だよ」


 ここは洞窟の中を掘ったようなくぼみの中で、どこにも逃げ場なんてない。

 今、この場所がどこかすらも不明で、もしかしたらまだ私たちは魔法の本の中にいるのかもしれない。


「……なんで?」


 恐怖に震えるカーヤちゃんがすがるような目で私を見つめる。


「あの人……、フェムってお姉ちゃんがいるでしょ? あの人はね、何が何でも私のことを助けようとしてくれるから」


 あの不思議な夢のような記憶の中で、私はあの人を少し理解出来た気がした。


「あのお姉ちゃんね、実は魔法が使えるの。だから、あんな悪い奴らなんて、簡単にらしめてくれるよ」


 私はそう言いながら優しく微笑んでみる。カーヤちゃんが少しでも安心出来るように、自信を持って話す。


「その魔法の力で、何回も私のことを助けてくれた。普通だったらどうしようもないことも、乗り越えてきたから」


 この気持ちに嘘なんてない。私は事実だけを言っているから。


「だから、大丈夫だよ」


 恐怖はあるけど、不安はない。あの人は、必ず私を助けに来るから。

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