4章 血に塗れたわたしは君を──
第34話 この人は私を掻き乱す
〜*〜*〜*〜*〜*
目が覚めるといつの間にか私は荷車の中で寝ていたみたいだ。まだ少し疲れが残る身体をほぐすように大きく伸びをすると、いつもより身体の調子が良いことが分かる。
(いつもの夢を見なかったからかな?)
昨日の夜のことはあまり良く覚えていない。コーラルを飲んでからは
それが誰かなんて予想はつくけれど、分かってないふりをする。何を言ってたかなんてどうでもいい。私の求めるものは最初から決まっている。
(……みんな、元気かな?)
まだあれから数日しか経ってないのに、みんなの思い浮かべる顔が懐かしく感じる。早くみんなの元へという決意を胸に荷車を降りると、直ぐに私の元へ誰かが歩み寄って来る。
「おはよう! ルル」
そうにこやかに笑ってこの人は私に声を掛けてきた。身に
「…………」
私はそれに何か不快感のような感情に揺さぶられつつも、いつも通りの無視を決め込む。
「ルル、この先に大きな街があるんだって。行ってみよ! ファイルも同行して良いって言ってたし、カーヤも喜ぶよ」
それなのに、この人は普通に話し掛けてくる。いつもなら直ぐに黙り込んで私を避けるのに。何で今日はこんなにもこの人は……。
私は横に並び立とうと歩み寄って来るこの人に顔を向ける。その青く大きな瞳を呑み込むように強く睨み付ける。だけど、この人は目を逸らさない。私をじっと見つめ返して、口を開く。
「……ルル。わたし、決めた。この旅の目的」
この人は真剣な面持ちで私と正面から向き合い言う。
「わたしは、自分が何者かを知りたい。その為に巡礼を続ける。元々そういう予定だったし……。だから──」
この人の瞳が一瞬、何かに迷うように揺れる。一呼吸を置いて、その手をぎゅっと握り締めながら続ける。
「もう少しだけ、一緒にいて」
その告られた言葉に、左腕にある偽絆の結びがふと映る。私はその時に誓いを立てた。この結びが解けるまでこの人と一緒にいると。
それは真でもあり、嘘でもある。私には選択肢なんてなくて、少しでも早くみんなの元へ戻るためにそうするしかなかった。
「……そんな、自分探しの旅に私を、みんなを巻き込んだんですね。貴方は」
心が大きく揺れる。それは怒りなのか呆れなのか明確には分からない。ただ、納得が出来ない。
満足したら戻るとあやふやなことを言って、そこになんとか結びが解けたらという目標を見出せて。そして次は自分を知りたいという曖昧なことをまた言い出す。
この人は、次は何を言い出すつもりなのだろうか。やっぱり、ルルードゥナには戻らないとか言い出しても何も不思議ではない。
「……うん、そうだね」
「そうだねって……」
私の不安定に揺れる心に火を
「なに、開き直ってるの? ちょっと協力し合っただけで、許された気にならないで!」
私の声に反応するように、この人の私を真っ直ぐに見つめる顔が少しだけ崩れる。それは何かの痛みを
私のこの人への何かしらの感情が、痛みとして伝わっている。私はその事実に少し安堵してしまう。
安心するんだ。私はちゃんと心からこの人が嫌いだって。この終わりの見えない旅の終着点が少しずつ近づいてるって。
この人の傷付く姿は私に少しの充足感を与える。そんな自分が記憶の中の嫌な大人たちと重なって、嫌悪感も同時に湧く。
「ルルはわたしのこと、嫌い?」
この人は、わたしの心をぐちゃぐちゃにする。だから──
「嫌いに決まってるでしょ! 今まで散々そう言って──」
「ルルは優しいね」
この人はそう言って私に優しく微笑みかける。慈愛に満ちたような温かみのある目を私に向ける。
「そんな嫌い人にも、我慢するなって怒ってくれるから。こんな痛み、わたしはルルに感じさせたくないって思ってたのに……」
その瞬間、左腕に引き裂かれるような大きな痛みが走る。その激痛に思わず顔が引きつってしまう。内側からくる得体の知れない痛みに思わず左腕を抱えてしゃがみ込んでしまう。
「わたしも、嫌だと思うよ。痛いのは」
この人はそう言って、謝りもしない。私をただ真っ直ぐに見据えて、続けて話す。
「ねぇ、ルル。ルルはなんでこんな自分勝手なわたしにも優しいの?」
「私は優しくなんて……ない」
私の人助けはただの罪滅ぼしのようなもの。優しい人はあんなことを起こさないから。もう、この手は汚れてしまっているから。
視界に赤い炎が揺れる。誰かの声が聞こえてくる。炎の中に誰かが居て、私をじっと見ている。
これは幻覚だって私は知っている。でも、私はまた逃げるように耳と目を塞ごうと動いた時だった。
「ルル」
白い手が視界に入ってきて私の手を掴む。
「わたし、ちゃんとルルに向き合うよ。ルルが求めることは何でもする。これからもわたしに遠慮しなくていい。だから、少しずつで良いから、ルルのこと教えて?」
赤い景色に水の束が宙をうねり動く幻想的な情景が重なる。安心した。何とかなるって、そう思えた。
「……じゃあ、今すぐルルードゥナに帰ってよ。私を元の居場所に返して」
答えなんて分かってる問いを口にする。
「この結びが解けるまで、ルルは一緒に居てくれるんでしょ?」
卑怯だ。解く気なんてないくせに。
「じゃあ、直ぐに解いてよ」
「解き方なんて分からないし…….」
何でも出来ると言って、何も出来ない。何でもすると言って、何もしない。
この人は自分勝手で大嫌いだ。
「……もう、好きにしてよ。奴隷に拒否をする権利なんてないってことでしょ、王女様は」
「そんなこと……」
私はそんな
「好きにして……いいの?」
背後からそんな声が届いたと同時に肩に手を置かれる。左腕の結びから、何とも言えない生暖かい感覚を感じ、全身に悪寒が走った。
「ルル、わたし……」
さっきよりも近づく声に私は振り返り、直ぐ近くにある白黒の頭に頭突きをした。
「いったい!」
そんな言葉を発して頭を押さえるこの人を私はきっと睨みつける。
この人が私に何を思って、何をしようとしたかなんて分からない。知りたいとも思わない。
「近づかないで。何でもするんでしょ?」
「ルルだって、好きにしていいって言った」
「言ってない」
「言った!」
「言ってない」
そんな訳の分からないやり取りを繰り返していると、この人はふと表情を和らげた。何か満足したような顔を見せるから、私は心の中で嫌いという言葉を繰り返しながら睨み続ける。
でもこんなことをしても、この人の望み通りな気がしてきて直ぐに諦める。相変わらず、私だけが一方的にこの人に心を掻き乱されているだけだから。
「……巡礼。何も分かってないんでしょ。次の目的地も」
「うん。でも、旅ってそういうものだと思うし」
「何が少しだけ……」
「なに? ルル」
やっぱりこの人は何も考えてない。私に向き合うとか何でもするとか言って、ずっと口だけ。
私は東の方を指差してこの人に言う。色々と旅して来て行ったことはないけど、いつか行ってみたいと思ってた街が先にあるはず。
「この先にあるのはべべルグという大きな街です。先人たちが残した本という知識が多く保存されている知識の街。そこで探して、目的地の目当て」
「うん! ルルって、やっぱり物知りだよね。今までたくさん──」
「私はこの結びの解き方を探します。こんな旅、早く終わらせる為にお互い頑張りましょう」
一歩こちらに歩み寄るように話して来るこの人を
「いじわる……」
そんな不貞腐れた顔のこの人を無視して、私は目についたファイルさんに挨拶しようと歩き去る。
左腕の結びが痛いとまではいかないけれど、違和感のような小さな感覚を与える。
なんでこの人が急に遠慮をしなくなったのかは分からない。確かに私もそれを望んではいたけど、それは自分だけが悪かったと告げるような態度と顔に苛立ったから。
でも、今はどうだろう。私は何も考えてないようなあの人の発言に苛立っていて、私自身の感情は何も変わっていない。いや、変える必要なんてないよ。
(……むかつく)
自分の今の感情に名前なんてあるのだろうか。それも、この先の知識の街には答えがあるのかな。
私は頭を振って思考を切り替える。私の目的なんて最初から一つだけ。
早くルルードゥナに戻ること。そうすれば、この人で心が掻き乱されることもなくなるんだから。
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