第33話 星下の誓い

〜☆〜☆〜☆〜☆〜☆


 カグと別れわたしたちは山を越えた。その先はどこまでも続くような平原で、進む先も分からない中、わたしは歩いて来た山を背に前に進むことにした。


 あの山では色々なことがあった。ルルと協力して山火事を治めて、ほんの少しはルルと分かり合えたような気がする……と思う。

 わたしは相変わらずにルルとの向き合い方を分かっていない。ただ分かったのは、今の向き合い方は違うということだけ。


「……ルル、休みたくなったら言ってね」


 わたしはゆっくり進みながら後ろを歩くルルに問い掛けても、返答はこない。でも右腕の結びの痛みはあって、わたしは小さく口にする。


「……ちょっと、痛いかな……」


「…………そう」


 わたしがそう正直に言うと、短くルルが言葉を返してくれる。だからと言って、加減をしてくれたりはしないけど。


「……わたしは、ルルを痛くしてない?」


 相手の感情は様々な感覚で伝わるけど、こちらの感情はどう伝わってるのかなんて分からない。そもそも、何か伝えているのかさえも。

 今は特に何かルルに対して感情がある訳ではないけど、ふと不安になる。


「…………」


 けど、こういう問いにはルルは何も答えてくれない。だからわたしの不安は大きくなる。こうやってルルの感情を受けている時は特に。


「クゥアアーー!」


 ふとどこかから甲高い動物の声が響いて振り向くと、遠くに動物の群れが見えた。足が長く胴体が丸っこい鳥のような生き物がゆっくりと歩いているのが見えた。

 正直、わたしには動物と魔物の違いなんて分からないから警戒をする。


「……クドゥ」


 後ろからルルの呟きが聞こえてわたしはつい反応してしまう。


「……魔物なの?」


「……動物。無害なので乱暴なことはやめてよ」


「うん」


 わたしがそうはっきり答えると、ルルがわたしの前を出てそのクドゥの群に向かうので、わたしも後ろをついていく。


「近づいて大丈夫? 数多いけど……」


 遠くから見る限りでも百は超えてそうだ。けどそんなわたしの心配は他所よそにルルはどんどんと近づいていく。


「クドゥは人懐っこい生き物だから大丈夫。それに、クドゥの近くには旅商人が集まる」


 そう言ったルルと共にクドゥの群れに近づく度に段々と人声が聞こえてきた。それはどんどんと騒がしくなり、やがて何十人もの人集りが見えた。


「お? こんな所で珍しいね。それに子供二人だけなんて」

「あれ、ガガランドの祭り参加者だよ」

「え? 子供も参加できたっけ?」

「出来るんじゃない? 案外緩いわよ。あの祭り、盛り上がり重視ですもの」


 わたしたちを見て旅商人たち各々はそんな声を漏らす。


「初めまして、小さな旅人さん。私はファイル。私たちは見ての通り旅商人の集まりさ」


「初めまして。私はルルで、この人はフェム。今日だけでいいので、共に居てもいいですか?」


 ルルはそう旅商人の一人に挨拶を交わす。


「別に良いよ。他の人たちも今日昨日の仲だからね。好きにすればいいさ」


「ありがとうございます。所で、このクドゥは野生ですか?」


「そうだよ! 珍しいだろ。だからみんな集まってるのさ」


「そうですね。珍しい……」


 なにやら二人はそんな言葉を交わすけど、わたしには何のことか分からない。けど、なにやら楽しそうでもやもやしてしまう。


「なにかあるの?」


「嬢ちゃんは知らないのかい? クドゥは旅人の友。その体液は魔物に嫌われ、我々旅人には衣服などの汚れを綺麗にしてくれる素敵な友人さ。ちょっと身体がベタベタしてるのは傷だけどね」


 旅商人のファイルがそう力説すると、近くのクドゥがわたしに頬擦りをしてきた。その時のぬるっとした感触に思わず声が出る。


「ほんとだ! ぬるぬるしてる……」


「ハハハ! 慣れだよ。ただ直接触りすぎると肌が荒れるから気をつけな」


「……お父さん、誰?」


 ファイルがわたしの様子に笑っていると、その後ろから小さな女の子が顔を出した。


「この子は私の一人娘のカーヤ。そうだ! せっかくだから私の娘と遊んでやってくれないか? こういう仕事やってると、周りは大人ばっかりだからね」


「私はいいですよ。何して遊ぼうか?」


 ルルがそう応じると腰を下ろしてカーヤと目線を合わせて微笑み掛ける。


(ルルって、子供好きだよね……)


 その姿にナラの所での子供たちと遊ぶルルの姿が目に浮かぶ。


 わたしが見守る側でルルは少し警戒した様子のカーヤに、器用に花を輪のように繋げて頭に乗せる。そしたらカーヤは嬉しそうに顔を綻ばせて笑う。

 わたしはその様子に思わず釣られて頬が緩む。やっぱり、ルルは優しい子だ。何回だってそう思う。


「…………」


「……なに?」


 突然ルルがわたしに目を向けて睨むので、思わず聞く。


「……別に何でもない」


 そう言うと直ぐに打って変わったような穏やかな顔をカーヤに向けた。


 そうしてカーヤとの穏やか時間を過ごして日も暮れ始めた頃。


 旅商人たちは何やら楽しそうに飲食を始め騒ぎ出し、わたしは何となくその輪から外れてその様子を眺める。

 少し離れた所ではやっとカーヤから解放されたっぽいルルがゆっくりとこっちにやって来て……。


「え? どうしたの? ルル」


「……洗ってた服、取りに来ただけ」


「……そう、だよね。うん」


 ルルはそう冷たく言い放ってわたしの背後に吊るしてある衣服を取る。その時、突然大人たちが大きな歓声を上げた。


「始まった、始まった!」

「こんなの、滅多に見れないぞー!」

「綺麗ねー」


 クドゥたちがその歓声に応じるように甲高い鳴き声を上げる。その口から小さら気泡のようなものが飛び出る。それはふわふわと宙に浮き、夕日の光を反射してきらめく。


「……綺麗。なに、これ……?」


 その不思議で綺麗な光景に目が奪われる。


「嬢ちゃんたちもどうだ?」


 ファイルがそう言って何かの飲み物をわたしとルルに渡す。それは薄い黄色の液体で泡が立っていた。


「いいんですか?」


「なにこれ?」


「コーラルという飲み物さ。美味しいぞ。娘と仲良くしてくれたお礼だよ」


 ファイルはそう話すと直ぐに騒ぐ大人たちの輪の中に戻って行った。

 ルルは私の近くに座るとその飲み物を口にする。その様子を見て、わたしもその飲み物を喉に流し込んでいく。


「……美味しい」


 シュワシュワと喉を刺激するような感覚も慣れると何か癖になる。少し癖のある味だけど、自然と飲む手が進む。

 耳には大人たちの楽しそうな声が響いて、歌うようなクドゥたちの鳴き声が空気を揺らす。ふわふわと不思議な泡がきらきらと漂って、なんだか心地が良い気分になる。


「……綺麗、だね」


 その光景にもう一度、同じ感想を口に出す。隣のルルは何も言わないけど、この雰囲気に釣られてかいつもより口が軽くなる。


「ルルは……こういう景色、たくさん見てきたの?」


 ルルからの返答はやっぱりない。少し離れた場所で騒ぐ大人たちが羨ましい。わたしもああいう風にルルと話したい。ルルに聞きたいことはたくさんあるから。


「……少しくらい、教えてくれてもいいじゃん」


 そうねた子供みたいなことを言ってルルに振り返った時だった。

 ルルの頭がわたしの肩に振ってきた。とん、と小さな衝撃がわたしの頭を大きく揺らすような衝撃のように思えて。


「ふぇ!? ルル! ど、……どうしたの?」


 わたしが驚き慌てる声を上げてもルルは何も反応を返さない。それは意図的に無視してるというよりも……。


「……寝てる?」


 穏やかに寝息を立てるルルの顔をそっと窺う。なんで急にルルは寝てしまったのだろう。驚きよりも不安が優ってきた所に声が掛かる。


「嬢ちゃんは寝ちゃう感じかぁ。大丈夫、大丈夫! 人によってご機嫌になったり眠くなる冒険者の必需品さ」


「え、本当に大丈夫?」


 なにやら上機嫌なファイルに思わずそんな声が出てしまう。


「大丈夫! 気持ち良く寝てるじゃないか! あははは!」


 そうしてふらふらと歩いていくファイルを見ると不安しかない。


「どうしよ……」


 肩にある重みに思わずそんな声が出てしまう。普段のルルならこんなことには決してならないから、どうして良いかも分からない。

 取り敢えず、わたしから離した方が良いと思って、その小さな肩に触れようとした時。


「……きらい、です」


 その声がわたしの手を止める。ルルを傷付けたわたしに、こんなことをって躊躇ちゅうちょする。


「……寝顔、初めて見た」


 どうすることも出来なくなったわたしはそっとルルの顔を見つめる。まだ日は浅いけど、ここまで共に旅をしてきて初めて見た寝顔。


「うなされてないなら、良いかな」


 ルルはよくうなされていて、よく途中で起きて、顔を見てもあまり寝れていないことが分かるから、その穏やかな寝顔を見ると安心する。


「……これは、確認だから」


 そう言い訳するみたいな独り言を零して、ルルの薄桃色の前髪をそっと掻き上げる。その額に触れて熱がないかだけ確認する。


(なんか、熱い気がする……)


 楽しそうな笑い声がどこか遠くに聞こえる気がして、心臓の音の方が大きく聞こえる。


「……ルル。ねぇ、ルル」


 熱に浮かされたように視界の端が歪む。軽くなった口はわたしの気持ちをそのままに吐き出すように。


「わたしはルルのこと、嫌いじゃないよ」


 ルルの頭がわたしの膝の上に落ちて、そっと顔の火傷跡を指先でなぞる。


「……いつも、誰かの為に必死で、自分のことなんてどうでもいいみたいで」


 その姿を思い出す。そんな必死なルルをわたしはすごいと思う。でも、心配にもなる。だから、こんな傷が出来てるのって。


 わたしはルルを守ると誓った。それはあの男の子お約束したからで。わたしがルルを傷付けたからで。でも、今は違う。


 わたしはただ本心からルルを守りたいと思っている。それは誰かから言われたからでもなく、ルルを傷付けた罪悪感からでもない。


「わたしが自分でそう決めた」


 これ以上、ルルに傷を残したくない。ルルを傷付けてしまうのは、もうわたしだけでいいと。


 不意にナラさんの言葉を思い出す。


『そういう相手と向き合うってなったら、きっと自分自身もたくさん傷付けないといけないんだろうさ』


 だから、わたしはルルに自分を傷付けることを望んだ。ルルと同じように傷付いたら、きっとルルと同じ目線で話せるようになるからって。


 次にカグの言葉が脳裏を過ぎる。


『子供みたいな罵倒ばとうを言い合って、そうしたお互いの羞恥しゅうちさらけ出すのも必要だったと思いました』


 わたしはカグとセンサのようになりたくはないと思った。けど、わたしたちの自然な結末は別れしかない。


 わたしは思い出す。


『貴方なんて、大嫌いです!!』


 ここまでにたくさん、ルルに嫌いと言われた。ルルにわたしを傷付けさせた時の表情を思い出して、わたしは思う。


 ルルはずっと辛そうだったって。


「わたし……、ルルをずっと苦しめてただけだった……?」


 誰かの為に必死なルルを見てきたから、わたしは知っている。ルルは優しい子だって。

 そんな子に、わたしは、自分を苦しませることを強要してしまっていた。ルルがそれを望んでると勝手に思っていた。


「……ねぇ、ルル。わたし、ちゃんと苦しむよ」


 きっとわたしはおかしなことを言っている。わたしという存在がルルを傷付けるだけなのを知っていて、でもわたしはルルと向き合おうと考える。


 それは、わたしがルルと笑い合えるようになりたいから。ただそれだけ。いつかルルがわたしに言った。自分勝手で、大嫌いだと。


「ちゃんと向き合うよ。ちゃんとルルのことを見る。もう、目は逸らさない」


 だから、とわたしは続ける。きっと、寝ているルルにこの言葉は届いていないだろうから、これはわたしの勝手な誓いだ。


「この旅がいつか終わるまで、絶対に、わたしはルルのことを守る。この命に換えても必ず。だから、ルルを傷付けるのはもう……わたしだけ」


 日も沈んだ夜空に星と泡が浮かぶ。わたしはその一つ一つに誓いを立てる。


「だから──ねぇ、ルル。いっぱい話そう。ゆっくり、少しずつ……」


 わたしは誓う。この誓いは絶対に違えないと。


第3章 もう二度と違わぬ誓い 了

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