1章余話 ただ君の為に
* * *
あの日は清々しいくらいに空が高く感じてたっけ。
「……自由だ!」
十メートルはある大きな木に登って、あの日の俺はそんなことを叫んでた。真下を見下ろせば、この頃はまだやけに突っかかってくるうざいやつだと思っていたマゼルが、危ないぞ、なんて叫んでたっけ。
「あ? なんだ、あれ……」
「なぁ! 向こうに女の子供が———」
そう真下の連中に叫んだ時だった。不自然に視界が揺れて、急な吐き気も催した。俺自身の重心もなんだか分からなくなって。
しまった、と感じた時にはもう遅かった。縮まった景色に吸い込まれていって、次に感じたのは全身を襲う強い衝撃だった。
「———! ———!」
誰かが必死に呼び掛ける声は聞こえていて、何か答えようって、声にならない息を吐いた。今まで当たり前に出来てた呼吸の仕方を忘れてしまったみたいに、必死に
あー死ぬんだなって変に冷静に考えていて、後悔しかない仕様もない人生だったなって諦めようとした。
(もしも次があったら、後悔のない人生を送りたい。もう、奴隷だからって我慢し続けるのなんて、したくねぇよ。)
「……大丈夫」
その時、声が聞こえた。
仕様もなかった俺が最期に見たのは、俺よりも死にそうな酷い顔をしながら、無理に笑う女の子の顔だった。
* * *
「コール、急に何の話だ?」
「ん? ルルは変わったなって話。最初はいくら話しかけてもずっと無視されてきたんだぞ、俺ら」
「そうだったな、懐かしいよ」
「なぁ、マゼル。ルルって実は寂しがり屋だったって言ったらさ、意外か?」
「……どこがだ。ルルは表に出さないがそうだろ」
俺はそう何もないように言ってのけるマゼルに笑ってしまう。俺もそうだ、あいつだけだよ。そんなことを隠せている気になってんのは。
そうして笑い合う俺たちの耳に大きな地響きが聞こえ出す。
「ここからどうするんだ、コール」
「いつまでも逃げたって仕様がないし、自首でもするかな。頼るつてもあるし」
遠くから走り寄ってくる兵士たちを見遣って、俺は隣の親友に尋ねる。
「本当にさ、昔から手がかかる妹だよな!」
「全くそうだが、お前に言われちゃ、ルルも立つ瀬がないな」
兵士たちがもう目前まで迫り来る。俺たちはもう抵抗の意識がないように両手を上げて見せた。
「……俺さ、悔しいよ」
「……そうだな」
「俺さ、あいつに少しでも恩を返せたかな……」
「それをルルに言ってみろ。きっと怒るだろう。それが答えだ、きっとな」
あの日、俺はルルに命を助けられた。今の俺があるのはルルのおかげだから。俺はお前には笑ってほしいんだ。こんなくそみたいな世界を変えてくれたから。だから、今度は俺がお前をって……。
「……やっぱり、悔しいよ、俺」
ルル、俺はずっとこう考えてたんだ。お前が救ってくれたこの命を、ただ君の為にって。
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