第11話 虚意(こい)に堕ちる①

〜*〜*〜*〜*〜*


「ようこそ! いらっしゃい。何もない部屋だけど、ごゆっくり」


「……はい」


 ごゆっくりと言われても。嬉々とした表情で手を広げて私を招く女王様に私は困ってしまう。

 通された部屋は女王様の言う通り、寂しい部屋だった。家具など何もなくて、床には絵本が数冊散らばってあるだけ。


「あの、女王様。お聞きしたいことがあるのですが、よろしいですか?」


 私はそう床に座り込む女王様に尋ねるも、女王様は何やら不満そうな目を私に向ける。


「別に、そんなかしこまった話し方じゃなくてもいいよ」


「いえ、そんな訳には……」


「じゃあ、女王からの命令! 砕けた話し方で話してよ。……ん? こういう時は話したまえ、かな。まぁいいや、分かった? 麗しい少女よ」


 なんて、と笑いながら話す女王様は、失礼ながら気品さや威厳を感じない。子供っぽいというか、でも歳は私と変わらないからおかしなことはないかもしれない。でも、この方は。


「あ、そう言えばわたしはフェムだよ。他に長ったらしい名前もあるけど、覚えなくて大丈夫。今は女王様とか気にしないで、気軽にフェムって呼んでよ」


「……女王様は」


「ルル、フェムって呼んで」


 女王様は上目遣いで私を見上げる。少し頬をふくらませて不満を表す姿は、気を抜くとこの方が女王様だと忘れてしまいそうになる。


「…………女王様は」


「ルルは女王様の言うことが聞けない悪い子なの?」


「……あの、大変失礼になりますが、先ほど女王様と気にしないでいいと……」


「質問はなにかな? ルル」


 つい先ほどまで不満そうに目を細めていた女王様は、取り付けるような満面の笑みを私に向けた。ころころと表情を変える女王様を私は不思議に思う。前の女王様もこんな感じだっただろうか。考えるとなぜか頭が痛くなる。


「色々とあるのですけど、私の記憶がどうとかと、皆さんがお話していたのが気になって……」


 私が殺されそうになったことにも起因しているっぽいし、やるべきことというのが私の心に不安をき立てる。

 私は警戒しながら女王様の返答を待つも、何かを考えるように視線を外した女王様はゆっくりと口を開く。


「んー、多分だけど、わたしの魔法かな」


「……魔法?」


 予想もしない答えに、私は目をぱちくりとしばたかせてしまう。これは女王様の冗談だろうか。


「聞いた話なんだけどね、あの儀式はみんなの記憶や認識? みたいなものを書き換えているんだって。わたしは単に踊ってただけと言うか、身体が勝手に動いてただけなんだけどね」


 そうなんてこともないように変なことを話す女王様。冗談にしか聞こえないけど、女王様の表情は至って真面目で。


「……そんなこと、一体どうやって」


「魔法だよ」


 きっぱりと女王様は言い切った。やっぱりその表情からは、冗談で言っているようには思えなくて。


「その顔は信じてないでしょ」


「すみませんが、その、流石に……」


 すると女王様はおもむろに立ち上がり、目をつむった。ゆっくりと息を吸い、目を開けた女王様の表情には何やら緊張が窺えた。

 そして胸の前に持ってきたてのひらを頭上に掲げて見せると。ぼっ、という音と共に、小さな火の玉が突如現れた。


「……うん、まだ・・大丈夫そう」


 安堵あんどとした表情でその火の玉を見つめる女王様だが、私はその光景に言葉を失ってしまう。今、女王様は何か火を起こすような素振りはなかった。そんな道具も見当たらない。


「それは……、何をしたのですか。」


 女王様は驚く私に掌の火の玉を向けて、したり顔で言う。


「これが“魔法”だよ」


「…………女王様」


「本当だって! なんか頭の中でイメージしたら出来るんだよ。多分、想像出来るものは何でも出来る気がする……」


「……何でも」


「信じてよー、ほら!」


 女王様はもう片方の手からも火の玉を出した。両手の火の玉は互いの掌を行き交うように飛び跳ねている。

 何かしらの理由をつけて納得しようとしていたけど、こればかりは無理だと、まるで意識を持ったように飛び跳ねる火の玉を見遣る。


 もしも魔法なんてものがあるとしたら、あの儀式の時のお伽話みたいな光景もそうなのだろう。でも人の記憶や認識なんて、でも実際に私はここでのことを忘れていて……。


「どうしたの、大丈夫?」


 何でもなんて聞いたら、ここでのおかしなことが全てそうかなんて疑ってしまう。もしかしたらこの巨大な大樹も、だなんておかしな考えを持ってしまう。


「……女王様は、どうして私なんかと話がしたいと仰るのですか?」


「うん、それはね。儀式の時にルルを見て、すごく辛そうな顔をしてたから気になったんだ。後でフー爺から聞いたんだけど、ルルは奴隷なんでしょ?」


 女王様は何の悪意もない目で私を見つめて尋ねる。今まで散々自分に言い聞かせた言葉を、こうやって女王様に聞かれて、なぜか胸がもやもやする。何で今更……。


「はい、間違いありません」


「……うん、ねぇ、ルル。わたしさ、夢があるんだ!」


 そう言ってくるりと回り、女王様は足元の絵本を拾う。ぱらりと絵本をめくりながら、女王様はその目を輝かせて。


「世界を自由に冒険する、それがわたしの夢。でもね、わたしは外の世界のこと何も知らないから、ちょっと怖かったりもして……」


 女王様は私に手を差し伸べる。いつの間にか二つの火の玉は、女王様の頭上でゆらゆらと揺れていて、その華やかな顔を煌々こうこうと照らす。


「ねぇ、わたしと一緒に世界を旅しない? お互いに不自由な身同士、一緒に自由になろうよ!」

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