エンドロールまで殴り続ける 2発目
「……そういえばヘリコプターのパイロットさんもギルドの職員だったりして」
ヘリのコクピットに首を向けて、操縦士ふたりに視線を飛ばす。
ふたりと目が合った。
できれば操縦に集中してほしいんだけど、こっちを見てていいのかな。
オートパイロットとかそういう文明の利器で大丈夫なのかな。知らんけど。
「家のローンと娘の学費があるので見逃してください」
おれから見て左側に座っている、ヒゲのおじさんパイロットが両手をあげて降参のポーズをとる。
「三か月分の給料で婚約指輪を買ったばかりで……帰ったらプロポーズするって約束してて……」
おれから見て右側に座っている、おれよりは年上だけど若そうなパイロットが両手をあげて降参のポーズをとる。
「……た、戦いづらい! 適当に帰ってくれるなら見逃します」
相手のことを知ると戦えなくなるというけれど、家庭の幸せをもっている人と、これから家庭を築く予定の人と、ふたりして戦いにくいことを言う。
「帰ったらディズニー予約して家族サービスしよ」
「帰ったら、おれ、プロポーズするんだ……」
いそいそと操縦席のモニターやら計器やらに向き直ったパイロットふたり。
戦意を喪失しているし、もう放置でよさそうだ。
「ぼくも家に帰りたいな……」
ダンジョンの中でも命を狙われるのに、ダンジョンの外に出たらなにをされるか分からないけどさ、やっぱり自分の家が恋しいよ。
はぁ、とタメ息をついてからヘリの外に飛び出そうとした、ちょうどその時。
目が、合った。
ヘリの外に、壊れて弾き飛ばされたドアの向こうに、スーツ姿のお金持ちがいた。
「……飛んでる!?」
「グフフフフ……いったいいつ、私が重力に勝てないと思ったんだね?」
空に浮かぶヘリコプターの隣に、《
いや、空中に立っている。
「いやいやいや、引力ですよ? 重力ですよ? 物理法則は!?」
「万有引力、よい言葉だ。質量のある物体は引き寄せ合うというではないか」
空中に立っているセレブ(倉持氏)は片手をポケットに入れたまま、もう片手で葉巻を吸う。
「普通は地球の重力に負けて空に立てないと思うんですが」
「豊富な我が資産を合計した質量は計り知れない……そう、強力な万有引力を生み出し天体と反発するくらいにはなァ!」
「引力なら反発しないで引かれ合えよ!」
「理屈を力技でねじ伏せ、無理を押し通す……ゆえに、万有引力ではなく《
ヘリコプターのローターが生み出す強風さえも弾き飛ばし、思わずヘリが傾くほど激しい豪風にあおられた。
「ニュートンに怒られるぞ!」
「私が空中に立っている以上、それを説明できぬ物理学に用はないわ!」
セレブ(倉持氏)が両手にオーラを輝かせた。
攻撃の予備動作だ。
ここまで無茶苦茶な人の攻撃だ、いくら軍用っぽい大型ヘリコプターでも、無事じゃすまないはずだ。
「待って、待って! ヘリコプターのパイロットも乗ってるんだよ!?」
「3人そろってあの世行き、黄泉路は退屈せんなァ!」
「ひとごろし!」
「ガハハハハ! 一緒に死ねい!」
《エグゼクティブMBA》が両手の手刀を振るう。
オーラの刃がヘリコプターの機体を三分割に切り裂き、金属が甲高い悲鳴をあげて空飛ぶクズ鉄に生まれ変わる。
「ばかやろーッ!」
手刀はおれを狙っていた。
とっさにコクピット側に飛び込んで回避していなかったら、オーラの刃が直撃して、地上に墜落するまで身動きできなかったところだった。
コクピット側に飛び込んだせいで、パイロット席の背もたれにぶつかり、コクピットの窓ガラスにたたきつけられる。
窓ガラスの真ん中を走るヘリコプターのフレームにぶつかっていなかったら、そのまま外に飛び出して、ヘリのローターと衝突していた。
「ぐええ……」
鎧を着ていたからほぼノーダメージだけど、背中からぶつかったせいで体が痺れる。
起き上がろうとしたとき、パイロットと目が合った。
「家族サービス……」
コクピットの左側には、ヒゲのおじさんパイロット。
「プロポーズ……」
コクピットの右側には、若そうなパイロット。
ふたりして絶望しきった顔をしている。
このまま放っておいたら、ヘリコプターの墜落に巻き込まれて、ふたりとも死んでしまう。
「……ええい、ちくしょう、いま助けるから、命が惜しかったら抵抗するんじゃない!」
マントから長剣を取り出す。
器用に手首を回してふたりのシートベルトを切り裂き、パイロット席の真後ろからヘリコプターを切り裂いて分割する。
「実は高所恐怖症なのにな!」
パイロットふたりを抱えて、地上に落下していくヘリコプターの残骸から、空へと飛び出す。
自分が助かるかもわからない中でも、放置したら死んでしまう人を見捨てられない。
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