バカと勇者は紙一重

 泣いたらスッキリした。

 いつまでもうじうじと落ち込んでいてもどうにもならない。

 もっと大事なのが、どうやってピンチを切り抜けるかだ。


「さーて、どうしようかな」


「切り替えが早いね」


「スッと気持ちをチェンジできないとソロでは生き残れないので」


 両手でほっぺたをはたいで意識を変える。

 コラボできて浮かれポンチになってた自分から、スタンピードからどうやって逃げるか考えられる自分に。


 タマちゃんが地図を指さす。


「どう動いても、けっきょく群れに飲まれて戦うハメになると思うんだけど」


 そう、スタンピードの怖いところはそこです。


「まっすぐ後ろに逃げても追いつかれ、左右に逃げてもハンパな距離じゃそのまま飲みこまれる。だから、怖いんです」


「ゾンビ映画で死ぬやつじゃん」


「ゾンビ映画で死ぬやつです」


 冒険者とモンスターとの戦いとは違う、大量のモンスターに一方的にたたみかけられて引き潰されてしまう。

 だから、怖い。


「どれだけ倒しても次から次へと湧いてくる敵に押しつぶされるんだから、イヤだよなぁ」


 いつもなら負けるはずがないようなモンスターが相手でも、あまりの数になす術もなく食い散らかされるのは、怖くて、悔しい。

 自分たちが鍛えてきた技が通用しないわけで。


「災害と割り切るしかないんです」


「でも、逃げるためには正しいことをしなといけない」


 限られた時間の中で、少ない手札の中で、最善策をたたきこむ。

 一番強いカードを押し付ける。

 冒険でも戦闘でもなんでも、それは冒険者の基本戦術……だと思います。


 よし、とタマちゃんが口を開きます。


「まっすぐいって全員蹴散らすか」


「それができたら苦労しないから作戦会議してるんじゃないですか!?」


:こいつ話聞いてたか!?

:バカと勇者は紙一重かもしれねえ

:でも、見てえよ 勇者がスタンピードを真正面からなぎ倒すところ


 それはそう。

 勇者というからにはそこまでやってほしい。

 でも現実問題、ソロで無双できるなら冒険者のPTはいらないわけで。


「よし。おれが行くからその間に逃げてくれるかな」


「ば……バカいっちゃいけませんよ! 百や二百どころじゃないんですよ!?」


 タマちゃんが小さくうなづいた。

 視線はスタンピードがやってくる方向を見ている。


「ここって冒険者がたくさんいるんだろ? だったら、他にも逃げ遅れた冒険者がいるかもしれない」


「そ、そうかもしれませんけど、自分の命が最優先ですよ!? 避難訓練したことないんですか?!」


 避難モードにスイッチさせた意識が混乱してきた。

 逃げるを選んだのに、戦うを選ぼうしている人が目の前にいる。


「逃げ遅れた人がいるかもしれないなら、どうにかしないと。《勇者》の看板を背負ってるからさ」


「警察官や消防士じゃないんですから……!」


「サキちゃんもさっき言ってたでしょ、『だれかがやらなきゃいけない時のだれかになる』って──」


 タマちゃんが兜をかぶる。

 騎士のような、顔をおおって隠してしまう兜。


「──今がその時だ。おれひとりでどこまでやれるか分からないけど、普通の冒険者よりは強いと思うから。君ひとりならなんとかなるんじゃない?」


 タマちゃんのことをなめていました。

 強くて人畜無害なマスコットなんだと思ってました。


 この人、放っておいたらどこまでも突撃していく暴走機関車なんじゃないかな?

 そのやり方でたまたま生き残った修羅の人なんじゃないかな?


「だ……だからと言って逃げては冒険者の恥、ひとりで行かせられるわけないじゃないですか!」


「数日前に『死にたくない』とか『助けて』とか言ってたくせに〜?」


「あれはひとりで寂しくなってつい口に出ただけですー!」


:じゃあ今は寂しくないってこと!?

:吊り橋効果ってホントにあるんだ!


 うるさいですよ、コメント欄!

 いま真面目にやってるんだぞ!


「なんにせよ戦うことになるのであれば、一番強いやつが敵の一番強いところに当たるしかないと思うな」


「い、いや、だったら横に逃げましょうよ……!」


「ここで勢いを削って……そうだね、できれば敵を分断させて流れをせき止めたいかな」


:気軽に言ってるけどダムを止めるより難しいぞ

:それができたら苦労しないんだわ!

:配信見ながら逃げてるのが恥ずかしくなってきた

:おまえはスマホ置いて逃げろや


「まさか、勝つ気でいるんですか? スタンピードに?」


「負けるとわかってて戦うのは苦手だからねえ」


 タマちゃんが腕を組み頭を傾けて考えだしました。

 《大氾濫》と戦おうなどという暴走機関車の考えることです。

 きっとろくなことじゃありません。


 だから、覚悟を決めます。


「私だって冒険者です。アイテム係と……撹乱くらいならできるはずです」


「君には逃げてもらいたいんだけど」


「いい感じに戦って撮れ高をとれればバズれるんで」


「配信者あたまおかしいよ……」


 異世界帰りの勇者なんて生き物に言われたくありませんが、ここはぐっとこらえます。


「私が逃げるといったら、逃げてください。家に帰るまでがダンジョン配信です」


「うーん、だれかが足止めする必要はあると思う」


「タマちゃんに死なれたら私も困るんですよ!」


「そういうことなら……」


 まだ納得していないようで渋々といった様子ですが、言質はとりました。

 この素直すぎる嘘のつけなさそうな生き物にはこれで言いくるめできるでしょ。

 たぶん。


:バカや バカがふたりおる

:でもオレは嫌いじゃないよ


「人類初ですよ。スタンピードを止められたら」


「いいね。そういうことを言ってもらえるとやる気が出るんだ」


 大量発生したモンスターを狩り尽くす。

 災害のような理不尽なイベントと真正面から戦ってやりますよ。


 今でさえ見たことないくらい同接がいるんですから、うまく戦えたらすごいバズると思いません?

 異世界の勇者と一緒に戦えたら、すっごく楽しいと思いませんか?


 私はそのために冒険しています。怖いし、死にたくないけど……!


:俺たちも行くわ ちょうどセパソスで稼ぎやってたし

:走れば間に合うだろ


 タマちゃんの熱気にあてられたのか、リスナーの冒険者たちもやる気を見せ始めました。

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