サングィスラピスの天秤―救世主が世界を滅ぼすまでの備忘録―

春鏡凪

プロローグ

――愛しています


それがこの世界を繋ぎ止めた言葉だった。


あるところにとても栄えた星があった。

風が舞い、木々が歌い、水が微笑み、火は弾けていた。

そこはまさに桃源郷。ありとあらゆる生物が、とりわけ人間たちが大いにこの星で生の栄華を謳歌した。

しかし星にも寿命がやってきた。

風は殴り、木々は枯れ、水は飲み込み、火はすべてを燃やした。

その星に住む者たちは震えた。

誰もが自らの運命を悟り、膝を抱えて震えたのだ。

しかしそんな彼らの運命に光が差す。

彼らの中に人智を超えた力を持つ者たちが現れたのだ。

あるものは風を宥め、あるものは木々に命を吹き込み、あるものは水に乗り、あるものは火と共に躍った。

彼らを人々はのちにこう呼んだ。

神に愛され、星を守るべく生まれてきた、

神愛者ルキア

と。

彼らの奮闘により世界は段々と息を吹き返していった。

そうして彼らの生きる世界はまた歴史のペンを進めていくことになったのだ。



――――――――



雪がしんしんと降り積もり、静まり返ったある田舎の教会。

所々屋根が崩れており、月光が差し込む教壇で崩れた女神像に祈りをささげている者がいた。


「あぁわかってるよ……もうそろそろで俺の出番だ」


彼は組んでいた手を離し、つぶっていた目を開けると紫紺の瞳が露になる。

女神像を一度見上げて、それと目を合わせる。


「あんたも憐れだな」


そう呟いて何かを教壇に置いた彼は、女神像を背にしてその教会をあとにした。

今宵も月が明るい。

彼は身もすくむ寒さに首に巻いていた、くたくたの襟巻をたくしあげた。

白い雪が彼の頬をくすぐる。

ふと彼は思い出したかのように懐をまさぐった。

懐から出てきたのは金属の部分が少し錆びて、年季の入ったキセルである。


「あ、はめる方向逆だった」


苦笑いしながら、キセルの軸から間違ってはめてしまった金具部分を引き抜いた瞬間だった。


ドゴォォォン‼


大きな爆発音が一体に響き渡る。

後ろでは教会がボロボロと崩れ落ち、丈夫そうだった女神像も頭だけを残して燃え盛っていた。

それを遠目に見ながら男はフッと笑ってキセルを正しく組み立てなおし、マッチを擦って火をつけた。

白い煙が黒い空に吸い込まれていく。

男は土塊色のサングラスを懐から取り出してつけると、煙を吐きながらその場を後にした。

雪は段々と強くなる。

その吹雪の中をもろともしないように男は進んでいった。


「まずは一人、大物から行こう」


彼がそう呟いた後ろでは燃え尽きた女神像だったものの頭がぱっくりと割れた。

泣いているようにひびが入ったその頭はこの吹雪の中でゆっくりと白い雪に覆われていく。

女神など、いなかったかのようになるまで。

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