第26話 強面外国人の余計な一言
「わっ!」
スマホをテーブルに置いて、慌てて両手をその上に重ねる。
ヤーブスさんは少し顎を引きサングラスをツルツルのおでこへずらすと、ジロジロと探るように私を見おろしてきた。
「あら、見られて困るものでもあるのかしら?」
「な、ないですないですっ!」
そんなものは私のスマホには入っていない、はず。泉くんのことを考えていたときに突然話かけかれたからビックリしただけだ。
「本当に~?」
佐伯さんがテーブルに肘をついて、両手で小さな顔を支えてジトッと目を細める。
「本当だって。どうぞ見てくださいなんて言ったりしないけど、誰かに見られて困るようなものは……あっ」
入っていたかも。佐々樹で撮ったラーメンの写真の中に泉くんが少し映り込んでいた写真があった気がする。や、それだって別に見られて困ったりしない。うん、しない。
チラッと佐伯さんを見る。私の視線に気づいた佐伯さんが一瞬眉をひそめたのを見て、慌てて視線を逸らす。
ラーメンを食べる場所を探してやっと見つけた空いた席の隣に座っていたヤーブスさんのキャラが濃すぎて、すっかり忘れていた。
いけない、これ以上この話を続けるのは危険だ。
「あー、美味しかったぁ! 佐伯さんが食べてたラーメンも美味しそうだったよねぇ。赤味噌白湯ラーメンだっけ? 私は次、何を食べようかなぁ?」
席を立ち、空になった器と箸を片付けに行こうと……佐伯さんが私の袖をクイッと摘まんだ。
「どうしたの? そんなに急がなくても時間はいっぱいあるわよ?」
六張り並んだラーメン屋のテントの向こう側に立つ時計はまだ十二時前だった。これからがラーメン屋小路の本番だ。チケット売場も屋台の前も、さっきよりもどんどん人が増えている。
「美味しいラーメンも食べたことだし、ゆっくり泉くんの話を聞かせてもらわなきゃ、ね?」
佐伯さんの必殺のウインク。
チェッ、思い出しちゃったよ。ヤーブスさんが余計なことを言うから。
「別に改まって話すことなんてないんだけど。たまたまラーメンを食べに行ったら泉くんがいたってだけで」
「でも、一緒に楽しんだんでしょ?」
「言い方っ! ラーメンを食べただけだからねっ!」
「ふ~ん……」
「それを言うなら、佐伯さんはどうなのよ。泉くんと一緒にラーメン食べに行ったんでしょ? 私は本当にラーメン屋でたまたま会っただけだから、うん」
ひとりでお店に入ろうとしていた泉くんについて、勝手に二名様にしたのは私だけれども。別に嫌がってなかったし。多分。
「じゃあ言わせてもらうけど、泉くんに私のこと話したでしょ! ラーメンを食べ歩いていることとか」
「えー、そんなこと……泉くんのおかげでラーメン嫌いじゃなくなった、とか?」
「そうそう、あの日、泉くんを追いかけてラーメン屋に入らなければ……違うっ! え、嘘、そんなこと泉くんに言ったの!?」
「それは自分で言ってね」
ウグッ……そうだけど、佐伯さんの言うとおりだけれども、そんなこと面と向かって本人に言うことじゃない。
あんな、人が知らないような賄いメニューを頼んでマウントを取るような男の子をつけ上がらせちゃいけない。調子に乗るから。男なんてそんなもん。
それ以前に、私はそれほど泉くんのことなんて考えていない!
「あらヤダ、フラワーちゃん顔真っ赤よ?」
慌ててふたりに背を向ける。両手で顔を覆う。
もう、ヤメて。ヤーブスさん、本当にヤメて。余計なこと言わないで。冗談はそのマフィアみたいな顔だけにして。
周りの賑やかさに負けないくらいの佐伯さんの笑い声が響く。
もうっ、あれもこれも全部、ヤーブスさんのせいだ。本当に狙ったように、余計な一言を投下していくから。それなのにみんなに好かれる性格っていうのは羨ましい。
初めて見たときは目を逸らしたら殺されると思ったくらい怖かったのに、慣れてしまえばその強面も滑稽に思えてくる。だって、その外見でオネェだなんて。
しかもラーメン大好きで、ピオッターで色々コメントしてくれて。
初めましてはまだ一時間前くらい。それなのに、ずっと前から知り合いだったような気にさえ思えてくる。
「さてと、私はもう帰るけど、年に一度のお祭りラーメンをゆっくり楽しんでねぇ」
ポンッと肩を叩かれて振り返ると、ヤーブスさんが強面を歪めてニィッと笑い両手の親指を立てた。
「あっ……」
楽しい時間は永遠には続かない。ヤーブスさんの笑顔を見て急に寂しくなってしまった。同じ地域でラーメンを食べ歩いているもの同士、またいつだって会えるのに。
佐伯さんはサラッとしたもので、体の前で小さく手を振っていた。
「サブさーん、今度ピオッターにDMするね! ラーメンじゃない食べ歩きにもつき合ってよ!」
「ええ、サッキー、いつでも誘ってちょうだい」
いつの間にニックネーム呼びの仲!? しかも、いつの間にお互いアカウントフォローしたの!? ふたりとも私をほったらかしにしてちょっと仲よくなりすぎじゃない? ズルい。
「フラワーちゃんもまたね! てんやわん屋のラーメンが気に入ったなら、土日の朝ラーにくるといいわよ。今日は来れなかった会長やミカン姐さんにも会えるかも。もちろんロリ眼鏡――じゃない、ロンリー眼鏡とか他にもだいたいみんないるから」
そう言うと、ヤーブスさんは大きな背中を向けて表通りの方へ歩いていく。人混みから飛び出した頭をキラキラと輝かせて。それまで人がひしめき合っていた連絡通路が、ヤーブスさんの歩みに合わせてまるでモーゼの十戒のようにザザザッと割れたのは言うまでもない。
てんやわん屋、か。
凄い杯数のラーメンを食べている泉くんや営業中師範が好きと言うラーメン屋。
本当に美味しかったなぁ、あの醤油ラーメン。
朝ラーか……営業中師範さんにも会えるかな? 泉くんのスマホにも朝ラーの画像データがあったから、もしかしたらまた彼とお店の前でバッタリとかあるかも。
ちょっと週末が楽しみになってきたぞ。
本日のラーメン――
丸鶏の醤油ラーメン……七百円。お祭り盛り……三百円。
黒豚泡白湯ラーメン……七百円。贅沢盛り……三百円。
チケット一枚追加して特濃煮干しそば……七百円。
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