故人情報バイヤーの失念

ちびまるフォイ

故人情報の有効活用

「はあ、また負けた…」


とぼとぼとギャンブル会場を後にした。

負け続けで借金はふくらむばかり。

借金を返すためにギャンブルに挑戦するも逆効果。


「どこかにお金でも落ちてないかな……」


自動販売機の下を見ても、道路の側溝をのぞきこんでも。

小銭ひとつ落ちてないのはキャッシュレスの時代を感じる。


「だめか……」


あきらめかけたとき、ふと視線の先に公園のベンチが目に入る。

そこにはすっかり老け込んだホームレスが寝ていた。


財布でも盗れないものかと服をあさったが、

ホームレスは起きるでも抵抗するでもなく。


それもそのはず。すっかり死んでしまっていた。


「ちっ、やっぱり何も持っちゃいないか」


ホームレスが持っていたのは昔に取った身分証明書だった。

これしかないのなら、とふざけ半分で身分証明書のデータをアプリで売ることにした。


すると、思ってもみなかった金額がついて行く。


「うそだろ、これホームレスの情報だぞ!?」


ホームレス生前の身体情報や病歴などなど。

そんなものを誰がほしがるのかと思ったが、どこにでも変わった人はいるらしい。


思わぬ臨時収入で浮かれたが、すっかりギャンブルで負け越していた自分はチャンスに感じた。


「たかだかホームレスの情報だけでこれだけ売れるんだ。

 もっと別の人だとどんな価値がつくか……!」


そうして俺は葬式スタッフの道に進むことを決めた。



スタッフとして採用されると、俺の希望もありすぐに火葬場へと配属になった。


遺族は泣きながら棺桶にあれやこれやといろんなものを入れてくれる。


「では、そろそろ焼きたいと思います」

「はい……」


遺族にはそう言いつつも裏で棺桶を引き取り、

葬式スタッフで得た身体情報と合わせてグッズを販売する。


高値がつくのは有名人。

つぎに、若い女性。そして子供。


男はあまり身体情報に価値がない。


けれど、俺は老若男女わけへだてなく売りさばく。


あまりに売れることと、逆に遺族にバレないかも心配なので

稼いだ金を使って「故人データ販売」の店舗をもつようになった。


入り口には厳重なチェックがしかれている。


「いらっしゃいませーー。死んだ人のビッグデータはいりませんか?」


昼間は葬式の仕事をし、夜は死んだ人のデータを売りさばく。


臓器のような"ナマモノ"とは違い、データに消費期限はない。

いくら店舗においたって場所も取らない。


「あっはっは! ボロ儲けだぜ!!」


もはや借金取りから逃げていた日々はとうの昔。

いまでは金をまとった大金持ち街道をスピード違反で爆走している。


そんなときだった。


「こんにちは。ここが故人のデータを売っている店かな?」


「え、ええ……」


あきらかに他の人間とは異なる空気感の客がやってきた。

それは身なりや立ちふるまいでもわかってしまう。


「〇〇さんはいますか?」


「え! そ、そんな有名人のデータはおいてませんよ!?」


「では、▲▲さんは?」


「そんな財政会のドンのデータもおいてるわけないですよ……」


「そうですか」


客はどこか残念そうな顔をしつつ、名刺を差し出した。


「では、上流階級の人間が死んだらこちらへご連絡ください。

 その人のデータはいくらの値でも買い取りますよ」


「ほっ、本当ですか!?」


「ええ、それだけの価値がありますから」


客が去ってからもしばらく放心状態だった。

もし、あの客にデータを売ることができれば今までの稼ぎが屁に見えるお金が手に入るだろう。


しかし……。


「上流階級の人間なんて、うちの葬儀にくるわけないよなぁ……」


これまでの手法といえば、葬儀に来た人間のデータをかすめ取る。

上流の人々はもっとちゃんとした場所で葬儀をあげるだろう。


俺のような盗人ネズミがまぎれこむスキなどない。


もまだ生きているうちから、いつか死ぬことを期待し

そのうえで自分の場所で葬儀をあげる気まぐれを起こしてくれる。


そんな宝くじを当てるよりも低そうな確率を祈らなければならないなんて。


「……いや、いや待てよ」


あきらめかけたとき、ひとつのアイデアが浮かんだ。


「いつか死ぬ日を待ってちゃ、俺が情報なんて抜き取れない。

 だったらこっちから動き出してしまえば……」


俺はその日から殺すべきターゲットを選定した。

ターゲットを絞ると、今度はデータ抽出方法の準備にとりかかる。


人間は死んでから体はどんどん情報を失う。

でも、死んだ直後はまだ脳や体はフレッシュな状態。


病歴、身体情報、ひいては記憶まで抜き取ることができるかもしれない。


故人のビッグデータは精細であればあるほどに価値を増す。


どうせ高値で売れるのであれば、

より高く価値のある状態でふっかけてやる。


これが売れさえすれば、残りの人生は無人島でエンドレスバカンスだ。


高精度の情報抽出装置を準備し、寝静まる深夜に豪邸へと訪れた。


「な、なんだ君は!?」


上流階級のおじさんは慌てて逃げたが、

シミュレーション通りに殺してさっさと死体からデータを抽出する。


これまで行った誰よりも細かく、再現性の高いデータを取ることができた。


「あは、あははは、やった! これはいい値がつくぞ!!」


強盗の犯行に見せかけてから豪邸をあとにした。

抜き取ったデータや個人情報はきれいに整形して「売り用」に加工した。


世間から事件の話題が消えたころ、満を持して俺は名刺の男に電話をかけた。

男は電話してから数分とまたずに店へと訪れた。


「いらっしゃいませ、今日はいいのが入りましたよ」


「上流階級の人間のデータですか?」


「ええ、そうです。これを見てください。✕✕さんのデータです」


「これはすごい……!」


「驚くのは早いです。さらに、こっちの身体情報や、性癖データ。

 記憶データもディスクで提供できますよ」


「そ、そんなに!?」


「どうです? けして安くはないですが……」


「買います!! 何兆だせば売ってくれますか!?」


男のくいぎみな態度を見て勝ちを確信した。


事前に計算した一生遊んで暮らせるだけの金額を提示すると、

男はひるむことなくデータを買い取ってしまった。


「まいどありがとうございます」


「いいえ、こちらこそ。貴重なデータを売ってくださってありがとうございます!」


あとはバカンスを満喫するだけだが、

ふと最後に気になったことがある。


「でも、こうして売っている身ではありますがわからないことがあるんです」


「はい?」


「どうして故人のデータなんか求めるんですかね? 死んだ人のデータなんか価値ないでしょう」


「ええ、そうですね。死んでいれば……そうですね」


「死んでいれば?」


男は嬉しそうに最後につけくわえた。


「ええ、我々の研究機関ではこの故人データを使って

 クローンを作ることを決めたんです!


 記憶まで抽出してもらえたのは幸運です。

 これなら完全に生前の状態を再現できるでしょう!」


「え……」


冷や汗が流れた。


「生前を再現したクローンは私の所有物。

上流階級の人間を横において、意見がもらえるなんて

お金には変えられない価値がありますよ!」


熱をあげる男に俺はおそるおそる聞いた。


「その……クローンって、生前の記憶も持っていたり……?」


男は喜んで答えた。



「当たり前じゃないですか!


きっと私に死んだときの状況なんかも、

ことこまかに教えてくれるでしょう!!」



俺は犯行時に何も覆面していなかったことを深く後悔した。

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