第3話 お姫様は己の覚悟と向き合う時間

 フィリオーネはライアスとの思い出作りに励みつつ、勉強も頑張っていたが、いよいよ時間がなくなってきた。というのも、結婚式の準備のせいである。

 本番まで新郎と会うことができない為、より念入りに動きを確認しておく必要があったのだ。


「ライアス……あなたの秘書、ボグダン……って使えるのよね?」

「まぁ、有能ですよ。彼がどうしましたか?」

「貸してほしいのだけれど」

「……何の為に?」


 人材提供を求める言葉に、ライアスが怪訝そうに眉を歪ませる。それはそうだ。フィリオーネがこんな依頼をするのは初めてである。

 フィリオーネは端的に使用用途を説明する。


「私の結婚式の練習に付き合ってもらおうかと」

「はぁっ!?」


 久しぶりに見たわ、その驚く顔。

 フィリオーネはライアスに詳しく事情を伝える。


「ひと通り覚えてもらって、通しで練習したいのよ……でも、覚えることが多いから、そう簡単に頼めなくて。でも、あなたが優秀だと言うボグダンなら、代役ができそうだと思ったの」

「……わ、私だってでき――」

「私に未練を作る気?」


 フィリオーネはライアスの言葉を最後まで言わせない結婚式の練習では、絶対にライアスを新郎役にはしない。フィリオーネははじめからそう決めていた。


「……それは、確かに仰る通りで」

 苦笑するライアスに、フィリオーネはそっと顔を寄せる。そして周囲に聞こえないように、ひそひそと言葉を紡いだ。


「あのね、両想いの二人が結婚式の練習をしたら、それは練習ではなくなってしまうわ。それに、そんなことをしたら私、ライリーンの君と結婚したくなくなってしまうかもしれないでしょう?」


 ライアスが顔色を変えた。赤くなったり青くなったり、ずいぶんと表情豊かである。フィリオーネは思わず笑いそうになったが、真剣な話をしている最中である。

 鋼の気合いで何とかそれを押し留める。


「更に、ただでさえ私たちは噂されているのだから、それを助長させるようなことは控えるべきよ。ライリーンの君がこの国に来た時に、その噂を耳にしてご覧なさい。彼が何を思うのか……想像にかたくないでしょう?

 私はあなたが好きだけれど、不義理を働きたいわけではないの」


 ライアスと練習をする。その考えに全く未練がないとは言わない。しかしその結果、好ましくないことを引き起こす可能性が少しでもあるのならば避けたい。

 フィリオーネは、未来の夫を蔑ろにする気はなかった。フィリオーネと至近距離で見つめ合うライアスは、少しして目を閉じて息を吐いた。


「…………わかりました。ボグダンを貸しましょう。完璧に仕込んで、準備させます」

「正しい判断を、ありがとう」


 姿勢を元に戻し、フィリオーネは笑む。


「いえ。当然のことです」


 ずいぶんと表情が豊かになったものだ。フィリオーネはいつも変わらぬ笑みを浮かべていた頃のライアスと、今のライアスを比べてそう思う。

「そうね。そんなに気になるなら、ライアスは司教役でもする?」

 ちょっとしたフィリオーネの意地悪だった。


「えぇ……そんな……せ、せめて父親役がいいです……認める役より、見送る役がいい……」


 フィリオーネの意地悪な一言に、ライアスが顔を歪ませる。変なこだわりがあるものだ。フィリオーネは我慢できずに笑いだした。

 今だけの、フィリオーネの最愛。

 フィリオーネよりも大人で、知識もあり、優しくて、もうすぐ目の前から消えてしまう人。彼を失う覚悟は、できたつもりでいる。

 ライリーンの君と婚約をしなければ、もしかしたらこの関係も違う形があったのかもしれない。そう考えてしまうと、未来の夫を嫌いになってしまいそうだから、フィリオーネは考えないようにしていた。


「そこまで言うのなら、あなたに見送っていただこうかしら」


 フィリオーネは小さな傷口が開いたような痛みを胸にしまい、笑顔に変える。フィリオーネは情けない顔をするライアスを視界に焼きつける。


「手放すことを考えるだけで、私、泣いてしまいそうです」

「あなたの涙はずいぶんと貴重だわ。せっかくだから、泣いてみなさいな」


 どんな表情だって、全て女王の小箱にしまいたい。少しでも多く、閉じ込めたい。


「殿下、意地悪です」

「あら……女王様は意地悪な生き物なのよ。御存じない?」

「まだ殿下は王女であらせられるので、可愛いはずなのに……」

「ふふ、可愛いのはあなたの方よ、ライアス」


 少しでも多くの思い出を。切なさが胸をチリチリと焼いているのを感じながら、フィリオーネはライアスに笑いかけた。

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