第4話 混乱したままのお姫様、開き直った宰相と語り合う
しばらくの沈黙の後、ライアスが長椅子に座り直す気配がした。フィリオーネが頭を上げれば、ライアスがひどく姿勢を崩していた。
「ライアス……?」
「いや、もう……私の様々な努力がぶち壊しですよ。この気持ち、わかります?」
こんなライアスの姿、見たことがない。フィリオーネの涙はすっかり止まっていた。
「ごめんなさい、ちょっとわからないわ」
「殿下、第一皇子のお誘いを断ってくださり、本当にありがとうございました」
「だって、不可能なお誘いだもの……」
苦笑するフィリオーネに、ライアスがもしもの話を切り出した。
「殿下は、もしこの国が一夫一妻でなかったら、受けましたか?」
「それは……」
どちらを選んだだろうか。フィリオーネは考える。形だけの結婚で、とは言っていたが、やはりエアフォルクブルク帝国と深く繋がることはリスクでしかない。
フィリオーネは一夫一妻の縛りがなかったとしても、きっとメタリナの君の手を取ることはなかっただろう。
「受けなかったわ。第二皇子でも乗り気ではないのに、第一皇子なんて、もっと無理。完全中立国としての地位を守るのが難しいもの」
「……そう、ですか」
安堵を含む彼の声に、少しだけ気分が上がる。
「あら、受けてほしかった?」
「いえっ! むしろ第二皇子で良かったです!」
どういう意味だか分からない。フィリオーネは一抹の不安を覚え、ライアスの顔を覗き込む。
「……ちょっと、あなた大丈夫?」
少し前までは真っ青だったのに、今は顔が真っ赤だった。
「いえ、本当に、あの……大丈夫、です。もうなんか、段々、吹っ切れてきたと言いますか」
よくよく見れば、耳まで赤く染まっている。
いったいどうしたのかしら。
フィリオーネは少し前まで涙をこぼしていたことも忘れ、不思議な男を見つめた。
「その、もうここまできたら、隠すだけもう無駄だなと……かっこ悪いですね、私。とても情けない」
「……ライアス?」
「殿下、私が宰相である間だけ、あと少しの間、この気持ちを捨てずにいても良いですか?」
ライアスが弱弱しく笑う。どこか縋るような雰囲気のそれに、フィリオーネは小さく頷いた。束の間の両想いである。それも、フィリオーネは捨てようとしている最中の気持ちの。
どう考えても切ない終わりしか見えないのに、彼は前向きでいられるのだろうか。
「本当は、ここで気持ちを捨てた方が殿下の為になるのに……そんな簡単なことすらしてやることのできない私を、あなたは嫌うべきなのでしょうね」
「好きな相手を嫌えると思って?」
フィリオーネは苦笑する。簡単にできるのならば、もうしている。もう、フィリオーネとライアスは一緒に笑うしかなかった。
「二人とも、束の間のひと時を楽しんでくれ。弟の方は、結婚さえできれば気にしないはずだからな」
「は、はぁ……?」
戻ってきたメタリナの君は朗らかに笑っている。フィリオーネは、彼の態度の変化に追いつけないでいた。
「弟がライアスからの手紙を見せて、ここに書かれている彼女(フィリオーネ)が気になると言い出した時は頭を抱えたものだ。どう考えても、既にこの二人は両想いだろうに……」
寛いだ姿のメタリナの君を恨めしそうに見ているライアス、この二人を見ていると本当の兄弟のように見えてくるから不思議だ。フィリオーネはもしかしたらライアスは幼少期のほとんどを帝国で過ごしたのかもしれないと思った。
「弟にはフィリオーネに好かれる努力をしなさいと伝えた。ライアスを気に入っているフィリオーネの婿になるのだ。ライアス以上に好かれてもらわないと全員が不幸になる」
「……」
まさか、あの贈り物の嵐は……彼のせい?
ライリーンの君に申し訳なさを感じたフィリオーネの口もとがひくりと動いた。
「まぁ、過ぎたことは良い。弟はフィリオーネがライアスを気に入っていることは知っている。だから、残りの時間、後悔しないように二人は過ごしなさい。私も心配で眠っていられない」
「……メタリナの君」
ライアスが低い声を出す。初めて聞くその暗い声に驚くも、これはこれで好きかもしれないと思う。フィリオーネはまだ混乱していた。
「私の、苦労を知っておられるはずだが……」
「ははは、残念だったな。だが、元より諦めていただろう? 頑張ってきたご褒美だと思って、この時間を大切にしなさい。後悔のないように思い切り幸せに過ごし、そして――さようならだ」
ライリーンの君の兄であるメタリナの君は優しく、残酷な言葉を紡ぐ。フィリオーネの心にさざ波を立てさせるが、それはきっと彼にとってはどうでもいいことなのだろう。
「時間は限られている。では、私は弟とフィリオーネ姫の結婚式について話を詰めてこよう。さあ、二人は開き直って自由に過ごしなさい」
ライアスはもう何も文句を言わなかった。フィリオーネは何も言葉が出てこなかった。そんな二人を確認して第一皇子は立ち上がる。
「私は先に失礼する。不審に思われない内に解散すること」
そんな言葉を残して去っていった。フィリオーネはこれからどうすればいいのか分からず、教えを乞う時のようにライアスを見つめるのだった。
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