第10話 不完全芳香:?
騙された、と、あたしは思った。
チョコレートの石鹸じゃ、完成しない。
転がり込んだマサズミの部屋で、
悲しいくらいチョコレートの匂いの満ちた部屋で、
あたしは泣きたい気持ちになっていた。
石鹸だけでなく、
板チョコをむやみに溶かしてみた。
チョコアイスをその中に入れてみた。
食べるためじゃない、
そして、匂いのためだけでもなく、
私は子供がそうであるように、
おいしいチョコレートを台無しにした。
それでもチョコレートは優しく匂っていて、
甘くて、甘くて、
欲しかった匂いに包まれているのに、
悲しくて、何一つ完成しなくて、
キッチンはめちゃめちゃで、
こんなはずじゃなかったって。
癇癪なんて起こさない、大人の人になりたかった。
大人になったら、泣いちゃだめだよ。
あたしは何になりたかったんだろう。
なにひとつ、なにひとつ。
「ひゃあ、すごいことになったな」
この部屋の主が帰ってきた。
あたしは笑顔をちゃんと作って、
「おかえり」
と、返す。
「レイカさんの物を大切にしないのは今に始まったことじゃないけど」
マサズミはキッチンを見まわして、苦笑いした。
「でも、いいか」
「え?」
「あとで一緒に片付けよう」
そして、
マサズミはあたしを抱きしめた。
「初めてちゃんと癇癪起せたね」
マサズミはあたしの頭をポンポンと叩く。
あたしは何か答えようとして、
呼吸をすると、ミントが、マサズミの、ミントの。
おもいだした。
ずっとずっと。
欲しかったものは、
「まさ、ず、み」
「うん?」
あたしは泣きだした。
みっともなく、チョコレートまみれの手で顔を拭って、
子供のように、ひどい顔で泣いた。
「チョコミント、アイスが、ずっとずっと、欲しかった」
ひどい色のチョコミントアイス。
ずっとあれがほしかったのに、
チョコミントがずっと欲しくて、
あれが似合う人になりたくて、
女の子ではしんどくて、大人になったらもっとしんどくて。
あたしは泣いた。
大声で、子供のように泣いた。
マサズミの腕の中はチョコミントの匂いがして、
ああ、あたしがずっと欲しかった匂いが、今、完成した。
不完全芳香:チョコミント
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