不完全芳香

七海トモマル

第1話 不完全芳香:レモン

夜中の3時。

彼女はいつものように目を覚ます。

目を覚ましたということは、

また、静かに癇癪を起しているのだろう。

彼女は説明できない夢を見て、

それに癇癪を起す。

静かに、静かに。

僕の隣に寝ていた彼女はいつものように、

スリッパペタペタいわせて浴室へ。

こうしてまた、浴室の匂いががらりと変わる。

今回のバラの匂いは、3日か。

まぁ、石鹸使ってみて、1日と持たなかった匂いもある。

何が持たないって、彼女が。

何かが合わないとなったら、彼女は無表情で癇癪起して、

次の日には匂いを変えている。

誰も悪くないものだから、八つ当たりの先がないらしい。


彼女は風間レイカ。

職業なんでも屋。

何にもしない屋だと僕は思うけれど、

それは言わないでおく。

長い髪からは、いつもちがった匂いをさせている。


僕は黒田マサズミ。

一応警察の人としておく。

無駄に有能でおせっかい、と、よく言われる。


僕とレイカの出会いは、深夜の公園だった。

僕は防犯云々のことでパトロール。

その公園で、レイカは三毛猫を探していた。

僕も巻き込まれて一緒になって三毛猫探して、

レイカが近くに来た時、レモンの匂いがしたのをはっきり覚えている。

柑橘類特有の元気な匂い。

なのに、涙をこらえているようなレモンの匂いの気がした。

すっぱくて、元気で、何度でも立ち上がろう!

という前向きの裏側に、

傷にしみるのをこらえているような、そんな匂い。


結局三毛猫は僕が見つけた。

朝日が冬枯れの公園を照らし始めるころだ。

レイカはネコケースらしいものに三毛猫を入れると、

「三ヶ月ぶりの仕事がこれで終わったなぁ」

などと言い出す。

「三ヶ月、ぶり?」

僕は思わず聞き返した。

「何でも屋をやってるの。なんか仕事ない?」

レモンの匂いのような、屈託ない笑顔。

その笑顔の裏側に、何かあるような気がしてしょうがない。

そう思ったのがそもそもの間違いかな。


レイカは仕事ないかと、ちょっと食い下がった。

それじゃあ、と、僕は家の掃除などをレイカに任せている。

雇って、任せているのだけど、

彼女の匂いは、ころころ変わるので何とも落ち着かない。


今度はなんの匂いを何日持たせるのかな。

僕はまた、うとうとと眠る。

朝になったら僕は安いミントのトニックシャンプーで目を覚ます。

彼女はそれは捨てないので、ありがたい。


僕と彼女のそんなお話。

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