第39話 これからは秘密の「共犯者」として。

 不安そうな顔をするカイに、私はにっこりと笑う。


「カイはカイでしょう? 私はカイが大好きだし、これからもずっと仲良しでいたいよ」

「……僕の正体を知って、気持ち悪くないのかい」

「ないよ」

「声だって低いだろう、手だって、身長だって……チョーカーを失った僕の姿は、女の子に見えないだろう?」

「え」


 私は困惑する。


「……いつものカイだよ?」

「えっ」


 次に困惑の声をあげたのはカイの方だ。


「どう言うことなんだ……? 魔道具で、僕の姿は女の子に見えているはずだったのに……」

「私には効果がなかったのかな? カイはずっと今のカイの姿に見えていたけど……」

「効果が、なかった……だって……?」


 黙り込んだカイが、突然ボッと頬を染める。

 そして何か言葉を探すように口をぱくぱくとさせたのち……恐々と尋ねてきた。


「フェリシア」

「う、うん」

「いつから……僕のことが、今の姿に見えていた?」

「え? えええと……うーん、気がついた時にはもう……?」

「……」

「えっ、どういうことなの、カイ?」

「……僕は幻惑魔法を起こす魔道具のチョーカーをつけていたんだ。僕が女性に見える幻覚を起こす」

「すごいね……」


 隣国の魔道具は規格外にすごい。私はびっくりした。

 カイは言いにくそうにしながら続ける。


「声も背丈も、全部変わって見えているはず・・なんだ。本来は。きっとみんなには効いている」

「私には効かなかったってこと?」

「……この魔道具は、……弱点があって……」


 カイは真っ赤になりながら、続きを告げた。


「僕が……深く親しく……特別な関係になりたいと思ってしまった相手には、効力が弱くなるんだ……」

「え」


 カイは真っ赤になって、顔を背けた。

 私もその意味にじわじわと気づき、顔が熱くなる。


「……もっと君に……気を許さないように努力していたはずなのに……不覚だ……」

「そ、そうなんだ……」


 カイはもともととても綺麗な人だから、女の子の格好をしていても私には全く違和感がなかった。

 確かに手が大きいなあとか、声が低いなあとは思っていたけど。それもカイの魅力だと思っていた。


「この間、男装しただろう? あの時、チョーカー外していたんだ。……でも君、全然驚かなかったから……そっちの意味で……」

「すっごくカッコよかったよ、カイ」

「……そう言ってくれる?」

「もちろんだよ。だって私、あの時から……その、カイのこと、ドキドキしてたし」

「そ、そっか」


 カイは口元を覆いながら、呟く。


「……恥ずかしいな、なんだか。ずっと女装していたのを見られていたなんて……」

「恥ずかしいとかそんなことないよ……」

「あのね、フェリシア。僕はあくまで潜伏のために女装をしているのであって……その。僕は基本的には、こっちが本当の僕だからね?」


 カイは何度も念押しするように言う。彼にとってよほど大事なことなのだろう。

 私はカイはこんな姿だと思い込んで過ごしていたから違和感はないけれど、カイにとっては恥ずかしいのかな。


 そういえば、と思う。


「カイ。それなら、またチョーカーをつければみんなには女の子に見えるんだよね?」

「そうだね」

「これからも、学園ではカイ・コーデリックとして過ごすの?」


 隙だらけだったカイの表情が、サッと引き締まったものに変わる。

 亡命中の緊迫した状況にある人の表情で、彼は私に頷いた。


「……ああ。今はまだ、国に戻るわけにはいかないから」

「そっか……」


 私はほっとするような、少し残念なような、不思議な気持ちだった。

 カイには本当の自分でいてほしい。女装が本意でないなら、しばらく女装を続けるのは残念なことだろう。

 けれど。カイが本当に男子の姿で過ごすようになったら、私はこんなに側にいられない。

 親友じゃないものに、なってしまう。


 ーー親友じゃないものって?

 自分の考えた言葉に疑問をもった瞬間、ボッと頬が熱くなる。

 そんな。私はただの貧乏な奨学生で、カイは隣国のやんごとなき人で。能力も全然違うし、ダメダメ。


「フェリシア?」


 頬に手を添え考えこむ私に、カイが首を傾げる。長い髪がさらりと揺れる様子に、またドキッとする。

 私は雑念を振り払うように質問した。


「この国で、カイの本当の姿を知っているのって、もしかして私だけ?」

「そうだよ」

「そっか……」


 私は胸が熱くなった。

 カイの秘密は、私だけのものなんだ。

 彼とは身分も違うし、能力も違う。国だって違う。けれど彼の秘密を共有しているのはーー私だけ。

 今だけは。学園にいる間だけは、私だけのカイだ。


「ねえ、……フェリシア」


 ハスキーな声で、名前を呼ばれる。耳がぞくぞくする。

 私を見つめるその表情ももう、カイ・コーデリック公爵令嬢ではなかった。


「これからも僕の……ううん、の親友でいてくださるかしら」

「もちろんだよ。僕のカイも、私のカイも。……どちらも私の大切な、憧れの」


 ーー大親友。

 そう言おうとして。

 私はいったん言葉を切りーー思い切って言い直した。


「大好きな人だよ」

「……ありがとう、フェリシア」


 銀髪を夕日に染め、カイが私に近づく。

 私の左手を取ると、手の甲に静かにキスをした。


「え……」


 カイはカイ男性の顔で、私を見つめて微笑んだ。


「これからも……カイの隣にいてほしい。それがコーデリックのカイだとしても。レシュノルティア王国の第二王子だとしても」


 お姫様扱いをされて、私は気を失いそうに緊張したけれど。


 ーーカイがどんな人だとしても、私はカイが憧れで、カイのような人になりたいから。


「はい。……これからもよろしくお願いします」


 少しでも綺麗に、カッコよく見えるように落ち着いてにこりと微笑んでみた。


 カイと私。

 ーー私たちは二人で、新たな関係に一歩踏み出すことになった。

 秘密を共有し合う共犯者としての、関係に。



「ん?」

「どうしたの、フェリシア」

「……レシュノルティア王国の第二王子って……?」

「ああ。僕はカイ・ルイズ・レシュノルティア。王国の第二王子だよ」


 当たり前のようにさらりと言うカイ。


 私はーー思いっきり、気絶した。

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