第78話 手合わせ

慌ただしい何日かが過ぎた。

とりあえず、ぼくとアデル。二人分の受験料は、確保できた。

で、もって、受験の願書を出し忘れる・・・とかいうベタな展開はしない。



きちんと、受験料を支払い、受験票を受け取ったのは、試験の三日前だ。

よくぞ、そんなギリギリまで、試験を受け付けていたとも、思えるが、ここらは、ほんとうに来るもの拒まずで入学させていた昔からの伝統なのだろう。


ちなみぬ身分を証明するものの提示は求められなかった。


手合わせしたい。

と、言い出したのは、もちろんアデルの方だった。


とりあえず、学校に潜り込めて、特待生も資格が取れれば、問題はない。


居酒屋のアルバイトは、昨日が最後にしたが、受験日まで寝泊まりは許してくれた。あとは、食事代くらいだが、受験料を払ってもそのくらいのお金は残っていた。


ぼくは、ランゴバルドの見物をしたかったのだが、随分と治安は悪くなっている。

アデルと一緒ならともかく、ひとりで街をうろつくのはあぶない気がした。


しかし。

アウデリアさんの血をひく者と、手合わせか。



ぼくは、冒険者学校の受付に戻った。


「何か、用か? 試験日は明々後日だぞ?」

最初にぼくを応対してくれて、今日も受付をしてきれた事務員さんだった。


ぼくの話をきくと、難しい顔をして、腕を組んだ。


「闘技場を貸して欲しい?」

「はい。友人が試験までに腕鳴らしをしておきたいってきかないんですよ。」


ぼくは、楽しそうに、物珍しそうに、当たりを見回しているアデルを指差した。


「北のクローディアの出身らしいです。けっこう、鍛えてるんで、そこいらで喧嘩するわけにはいかなそうなんです。冒険者学校なら適当な場所をいくつも持ってますでしょ?」

「しかし、生徒以外に施設を使わせるわけにはなあ。」

「あの、アデルは実は北の方では、けっこうなお姫様なんですよ。」


ぼくは事務員さんに囁いた。


「そのお話しは、ルールス理事長もご存知なんです。

でも、家出同然にランゴバルドに来てるので、いまはとっても貧乏なんですよ。」


「嘘だろう、と否定もできないが、信じる材料もないぞ。」


「ルールス理事長にご確認いただければ。」

「あのなあ。」


事務員さんは、頭をがしがしとかいた。


「あのお方は、ランゴバルドの王族で、天才魔導士。しかも“黒の御方様”と“災厄の女神”双方に認められ調停者という地位についているほどの方だ。いくらなんでも一介の事務員の俺がおいそれと口をきくことはとてもできないね。」


「そこをなんとか!」

「無理なものは無理だ。」



「何をしている。」

突然声がかかった。

まだ若い男だった。

おそらくまだ学生なのだろう。懐かしくもある冒険者学校の制服を器用に着崩していたので、おそらくは上級生なのだろう。


「これな、ルールス分校のシールドさま。」


事務員さんは深くお辞儀をした。


ルールス分校?

じゃあ、これが特待生なのか。


深い紫の髪を、長く伸ばし、制服は片袖を切り離している。

顔立ちはハンサムだったが、どことなく、暗く冷たい澱みを感じさせた。


「ち、ちょっと。この人、生徒ですよね。なんでそんなに丁寧にするのです?」

「シールドは」

「ああっ! なんかただの事務員に呼び捨てにされたような気だしたんでけど。」

「失礼しました、シールドさま。入学志願者に、闘技場を借りたいとの申し出を断っていたところです。」


「闘技場を?」

陰湿イケメンは、ぼくをジロリと睨んだ。

その視線のまえにアデルが立ち塞がる。


「誰だ、こいつ。」

「こちらは、特待生ばかりが集まったルールス分校の序列11位5シールドさまだ。」


「11位?」

アデルは首を傾げた。

「確かにそんなに強そうには見えないけど。」


「田舎娘が。」

シールドさんは、凄まじい笑みを浮かべた。

「故郷で冒険者として、それなりにやってきたクチか。教えておいてやる。自信過剰はときとして命取りにもなるのだぞ。」


「ちょうどいいや。あんたとやろうよ。

あんたなら、学校内の施設を使えるんだろ?」


「おい、馬鹿なことを考えるな。

特待生クラスは、理事長とネイアが、特別な才能をもつものを、手潮にかけて育てた超人揃いだ。

その序列トップから10人までは『螺旋式』という冒険者バーティを組んでいる。シールドさんは、彼らを除けば実質的にクラスのトップと言っても過言じゃない。」


「ルールはどうする? 刃物はやめておくね。魔法は? その闘技場とやらはまわりに影響がでないように障壁をはへるように、なってるの?」


シールドさんの顔色はどんどん、悪くなっていった。


アデルを見る目は、害虫を見る時のそれだ。

自分で叩き潰そうにも手が汚れるのがいや。

そんな葛藤を勝手にしている。


「とっとと、こいつらをつまみだせ。」


そう言って背中を向けた。


「えーーーーっ!」

不満の声をもらしたアデルを、ぼくは注意した。

「自信があるのか?」

「あるよ! あのくらいなら。」

「怪我をさせないで、勝つ自信があるのか?」


アデルは。ぼくの一言に、驚いたようだった。

「う…うん。そこまで考えてなかった。」

「もし、合格すれば同じ学舎に通う仲間だ。怪我とかさせたら不味いだろ!」



「おい…」

ギリギリギリギリ。

ブリキかなにかの玩具のように、シールドさんは振り返った。

「おい!!」


「なにか?」

「闘技場を借りてやる。着いてこい。」


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