第66話 一夜が明けて

「どうだった?」


朝食の席に、顔をそろえたときに、ロウは、そう言ってぼくをからかった。

さすがに、吸血鬼のご真祖さまだ。

デリカシーの欠けらも無い。


ぼくの表情をみて、ロウはさらに笑った。


「失敗したんだな! 少年。」

「いま、ぼくはルーデウス閣下に血を吸われてるんだ。なんかしたらルーデウス閣下に筒抜けだ。」

「拒んだのか!!

どうやって、拒否したんだ?」


ロウは、意地悪く、ぼくの脇腹をつつく。

アデルがそれを凶悪な視線で、睨んだいた。

うーん。せっかくの朝ごはんなのに、食欲が失せていく。


「くすぐられたんだ。」

憮然として、アデルが言った。

「一時間くらいやられたかな。さすがにその気も失せた。」


「罪作りだぞ、ルウエン。それともお相手は、きれいなお姉さんがいいか?」

「きれいな、おねえさん?

どこに?」


ほれほれ、とロウは自分を指さした。


「朝食はお粥と干物か。」

「む、むしっ!!」


「おかわり!!」

ラウレスの元気のいい声が響く。

目の前には、空のどんぶりが積み重なっていた。

「あと、ステーキが食べたい。」

「朝からか。何グラム焼く?」

「一頭!」

「そんなステーキはない。」


ルーデウス閣下と、ロウランは、ワインを飲みながら、カナッペをつまんでいた。

もともと、食事の必要ない二人だったが、久しぶり食べ物を「味わえる」ようになったルーデウス閣下に、ロウランがつきあっているようだった。


近くのテーブルで、食事をすませたヘンリエッタもこちらに合流した。


「リウが」

と、ぼくが話し出すと、みんな一瞬、ギョッとなる。

いい加減になれろ。

あいつは、「黒の御方」とかいう妙な悪役でも、はっきり言えば、魔王でもない。リウだ。

「リウが、その危ない魔道人形を持ち出した以上、やつらよりも早く、ドロシーと接触したいのです。

最後の手がかりは、ミルラクという村だ。場所はわかっているが、ロウ。」


ここで呼ばれるとは、思って居なかったのか、ロウは、お粥と干物をを口いっぱいにほうばったまま、ノドを詰まらせかけた。


おまえこそ、食事の必要は無いはずなのに!

この真祖さまは、ちゃんと三食召し上がり、ときには、お酒もたしなむのだ。


そもそも呼吸だってしなくていいのだから、喉がつまっても慌てなくていいだろうに。


「ミルラクまで、転移は可能か?」


「一人ずつなら飛べる。」

ロウはなんとか、エールで食べ物を流し込みながら言った。

「でも、昔と違っていまは、転移を使う者は著しく少ないんだ。

転移そのものは、もともと探知されやすい魔法だし、もし、転移を使えば、西域全体に、『ロウ=リンドここにあり!』と宣言することになるな。」


「しまった!」

ぼくは、思わず頭を抱えた。

「ギムリウスを連れてくるんだった!!」


ロウは、傷ついたように、くちびるを尖らせた。


「そりゃあ、ギムリウスなら、無音で全員を連れて転移できるさ。

でも、転移だけさせて、はいここでさよなら、と言ってあいつが帰ると思うか?

いずれにしても、『城』の防御の要が不在になる事になる。」


「わかった。では、魔道列車を乗り継いで、まずはロザリアを目指そう。

そこから、徒歩でミルラクに向かう。」


ぼくは、みんなの顔を見回した。

ああ、アデルがそっぽを向いている。


ヘンリエッタが手を挙げた。


「ひとつ、提案があるんですが?」


「わかった。旅の間は、一緒の部屋に泊まろう。」

アデルが言った。


「そ、それは構いませんが。

なんのためです、姫様。」

フィオリナの「百驍将」のひとりであるヘンリエッタにとっては、たしかにアデルは主筋だ。

完全に話の腰をブチおられたのに、丁寧にしゃぺるヘンリエッタを、ちょっと可哀想に、ぼくは思った。


「こいつは、ロウといちゃいちゃしたいらしいから、同室はロウに譲る!

おまえは、友だちだから一緒に寝ろ!」


「ち、ちょっと!」

ルーデウスが飛び上がった。

「ルウエンはわたしの獲物です。なんでここで、真祖さまが横取りを。」


アルセンドリック侯爵ロウランは、氷点下の視線でロウを睨んだ。


「まあ。三百年待たされた挙句に、まだあなたのお遊びに付き合わなければならないのでしょうか?」



ぼくは、このときになるまで、パーティがとんでもない美人揃いで、ぼくひとりが男性。いわゆるハーレムパーティなのに気が付かなかった。



「しばらくは、野宿になると思うから、その話はおいといて。」


単純にもてていあなあ、ではない。

吸血鬼どもは、完全に血を吸いたがっているし、そのせいでほかの吸血鬼の嫉妬までうけている。


「ヘンリエッタさんの、提案ってなんですか?」


ヘンリエッタは、背中の雑嚢から羅針盤のようなものを取り出した。


「女神様は、銀雷の魔女が自分の傍を離れる際に、いつでも連絡がつくように、竜珠を手渡している。」

「その魔道具で、竜珠の位置を探知できるわけか!」

「さすがです、姫さま。

ただしあまり遠くまでは、作動いたしません。なので、まずは、予定どおりに、ミルラクの村を目指しましょう。

同じ山系内にいれば、羅針盤が反応いたします。」




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