第65話 睦言2

「ねえ、ルウエン。」


ぼくも彼女も夜目がきく。

廊下に灯った魔法の灯りが、戸の隙間から差し込む。

それだけで、互いが見える。


ぼくは、シャツとズボン。

アデルは、下着すら身につけていない。


「“銀雷の魔女”。ドロシーも知り合いなの?」

「フィオリナやリウと一緒だよ。有名人だから、こちらは向こうを知ってても、あちらは、ぼくを知らない。」


アデルは、布団を剥がして、立膝をついた。

ちょうど逆光になるので、細部は見えない。けど、下半身も下着をつけていないのはわかった。


アデルは、光る眼でじっと、ぼくを見ている。


「ルウエンも、“銀雷の魔女”の祝福が欲しいの?」


意外な問に、ぼくは返事ができなかった。

その発想はなかった!!!


しかし、そもそも、銀雷の魔女に祝福をうけると、その後、才能が開花して、人生なにもかも上手くいく、というのが、都市伝説というか、なんの根拠もないだろう。

名前があがるジウル・ボルテックや、ドゥルノ・アゴン、ゴーハン公爵なんかは、もともとが傑物だったのだ。


一時、ドロシーつきあっていたことがその後の名声に関係していたとは、思えない。


逆に、“血の聖者”サノスや、ミトラのガルフィード伯爵など、ドロシーと付き合ってもいない人物まで、『祝福』を受けたと噂され、否定するのにやっきになっているようだった。


二人とも常識ある人物だったようで、親子ほどに歳の違うドロシーと、そういう行為をしたという噂が、恥ずかしいものだと思っている。

それがあたりまえじゃないかな。


「それとも、もう祝福を受けたの?

だから、彼女を探して仲間にしようと思っているの?」

「どっちも違う。」


ぼくは、身を起こそうとしたが、アデルの両手が、ぼくの両肩をがっちりと押さえ込んだ。


「ほんとなの? ルウエンは、銀雷の魔女のことを話すとき、いつもすごく悲しそうな顔をするよ。」

「彼女は、もともと、そういうタイプじゃないのに、そんな役回りを与えられて、それを気の毒だと思ってるだけなんだ。」

「なんだか、信じられないなあ。」


アデルは、笑った。


ぼくは、悩んだ。

すべてでは、ないにしろ、命をかけてなにかする前に、ゲン担ぎでそういうことをしたがるものは多そうだった。


「だから、それはひとによると思うんだ。」

つまらない答えをしたぼくに、アデルはのしかかった。


「ルウエンは、どっち?」

「どっちとは?」

「命がけでなにかをするとき、女の子が、欲しくなる方? ならない方?」

「ん? なる方かな。」


表情が歪んだ。

でもそれは安堵したみたいにも、見えたのだ。


「だったら、今晩は、わたしがルウエンを祝福する。」


そうなるか!

ぼくは、それほど変人では無い。

裸で、ベットに潜り込んできたときに、アデルがなにを望んでいるか。

そのくらいは、わかる。


いままでも野宿も含めれば、二人きりで、夜を過ごしたことはいくらでもあったけど、ここまで、積極的になるのはじめてだった。

いままで、ぼくらは二人きりだった。


クローディア大公やアルデリアさんのもとで、育てられたアデルにとっては、ぼくははじめての同世代の友だちだった。

異性という以前に、唯一無二の存在だった。お互いにそうだったはずだった。


でも、ぼくはルーデウスという吸血鬼に噛まれて、下僕になってしまった。

どうやら、ロウ=リンドやギムリウスとかいう超大物も知り合いらしい。

つまり、ぼくは、アデルだけのルウエンではない。

アデルは、ぼくだけのアデルになりたかったのだ。


「こんなことをしなくても、アデルはアデルだぞ?」


そう言うと、言葉の意味をわかってくれたのか、顔がくしゃりと歪んだ。


「ルウエンが。」

わあ。

泣いている。

困った。とても困った。

「ルウエンにとってわたしは特別じゃなきゃ嫌だぁ!」


「だから、こんな確かめ愛をしなくてもアデルは特別だから。」


うんうん。

と、泣きながらアデルは頷いた。


頷きながら、その両手はぼくの上着を脱がしにかかる。


な、なぜっ!!


「だって、こういうのは、はじめたら、最後までいくもんでしょ?

大丈夫だよ、わたし、リードしてあげられるから。」


ええい!分からずやめっ!

軽く膝をあげて、アデルのお腹にぶちあてたが、跳ね返された。


わあ。、ぼくが引くほど鍛えてる。、


「ルウエンはすごく、強いけど。」

アデルの手は、ぼくのズボンにかかった。

「この体勢はわたしに有利すぎない?

諦めて、わたしのものになれ!」


こ、攻撃魔法!?

打撃!

できるか、そんなこと。


だが、ほんにとアデルの体はまるで、密度が違うかのように、その剛力でぼくを押さえ込もうとする。

ぼくは、自由になった手首をしならせて、アデルの裸のおしりをひっぱたいた。


「イッタアいっ!」


そう、体の耐久力と痛みは直接関係なかったりする。


「でも!」

顔をしかめて、アデルは叫んだ!

「いくら痛くたって、我慢する!」


これは困った。

もともとこの技は、人間の皮膚そのものを対象にする。

これは意外にも気立てにくいのだ。

ぴしゃりと、叩かれたときの痛みは、武人も幼児もあまり、かわらない。


だが。

まだ、手はある。

ぼくは、アデルに手を伸ばした。


「あれ? あきらめた? 今度はずいぶん積極的に。」


アデルの顔が今度は共学に歪んだ。


「ぎゃあッッッ! そこダメ! そこはくすぐったいの!

だめだよ、さわっちゃ、ギャハ、ギャハハ! やめてよ。だめだってえ!!」


そう。

くすぐられる、といつう技に対しては、どんな戦士も、これに耐えるための修練をっものは、まずいないのだ。

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