第63話 百驍将ヘンリエッタ
ぼくは呆れた。
アデルの喧嘩っ速さは、フィオリナを越えている。
なにしろ、ほぼ満席の酒場でいきなり、抜刀だ。
それもまわりのものには、気が付かなれない。まるで呼吸するように、彼女の異形の剣を抜き放ち、それをヘンリエッタと名乗る女剣士の首筋にピタリと、止めた。
ヘンリエッタは、身動ぎもしない。
それは、アデル動きを見けれなかったわけではなく。
アデルに当てる気がないことを予めわわかっていたように、ぼくには感じられた。
ヘンリエッタの反応に、アデルはつまらなそうに剣をひいた。
「アデル姫は、ご冗談がお好きですね。」
髪は後ろでまとめ、小柄な体はいかにも敏捷そうだった。
ネコ科の動物を思わせるアーモンド型の瞳。深い緑の瞳は、昔懐かしき吸血鬼を思い起こさせた。
「人間だな、おまえは。」
ロウ=リンドが、ずうずうしく座り込んだヘンリエッタに言った。
「それはそうでしょう。百驍将にも貴族こ猛者はおりますが、あなたさまがいるかぎり、どんな“貴族”を差し向けても相手にならない。」
「まず、用件を聞こうか?
アデルを連れて帰るという話なら、まず本人の意思を尊重すのというのご、我々の考えだ。」
「お断りだ!」
「……だ、そうだ。」
ヘンリエッタは、笑った。
「なにがおかしい。」
「いえ。お母さまにそっくりです。」
アデルは、また剣の柄に手をかけたが、こんどはぼくも止めた。
「そちらの坊やは?」
「わたしたちは。」
ロウランが口を挟んだ。すう。と、まわりの温度が下がる。
「冒険者パーティ『踊る道化師』。それ以上の情報を与える気は無い。」
「これは手厳しいです。」
からころと、ヘンリエッタは愉しそうだ。
「しかし、わたしたち百驍将は、命じられた任務のみを正確に履行するよう厳しく、躾られております。
今回のご命令には、姫様を主上のもとにお連れすることは含まれておりません。」
「それを信じろと?
ならば、今回の命令とやらはなんだ?
きかせてみろ。」
「あなたさま、がたと同じです。」
それだけ言って、ヘンリエッタは、自分のトレイのうえの夕食を食べ始めた。
かなりの使い手なのは、ぼくにはわかった。
だが、それでも殺し合いになったら、アデルが上。
まして、“貴族”が3人に古竜(不完全だが)一匹のぼくらには、勝てる道理もない。
それでも平然と、食事をしながら、にんじんキライとつぶやいてみせるのは、たいした胆力であった。
「きさま!」
ロウランの呼気が氷の冷たさを帯びる。だが、ここは熱くなっては負け、だ。
いや、その。使ってるのが氷の魔法でも気持ちの問題だ。
「美味そうですね!」
ぼくは、割って入った。
「煮物はたくさん、一緒に煮込むといいから、食堂で頼むとハズレが少ないんだ。」
ヘンリエッタは、もぐもぐしながら答えた。
「でもニンジンは……」
「これは根菜類の悪魔だな!
固くて舌触りが悪い上にへんなエグ味がある。」
「グランダでもニンジンは収穫出来たはずだけど。」
「そうだった。わたしが小さい頃、我が家はまずしくて、な。来る日も来る日も、食餌といえば、家庭菜園で採れるニンジンの煮たもの、茹でたもの、焼いたもの。
おかげで、すっかりニンジンが嫌いになってしまった。」
ヘンリエッタは、なにか変なもので飲み込んだような顔で、ぼくを見た。
「わたしが北の出身だと何故わかった。」
ぼくは、にっこり笑って答えた。
「内緒」。
「おまえも北方の出身なのか!!」
アデルが勢い込んで話しかけてきた。
「わたしは、この前までクローディア大公領で暮らしてたんだ!
いやあ、オカズに、ニンジン多いよなあっ!」
出身が、一緒なだけで一気に打ち解けるな。街の不良か。
「わたしは、ダレク男爵の娘です。」
ヘンリエッタは答えた。
「ええっ! じゃあ、同じクローディア大公領の出身じゃないか!」
アデルは、ヘンリエッタの手を握ってブンブンふった。
「それで、なんでわたしたちを追ってきたんだ? 正直に答えろよ。おなじクローディア出身だろ!?」
かたやダレク男爵というあまりバットしない末端貴族の娘で、いまは、“災厄の女神”ことフィオリナの百驍将のひとり。
かたや、クローディア前大公の孫娘で、今現在仕えているフィオリナの娘で、銀級冒険者。
重なるところは皆無に近い。
それでもなにか、このアルデには無条件でひとを引きつける魅力があるのだ。
よきにつけ、悪しきにつけ。
こういうところは、アウデリアさんとフィオリナの血筋なのかもしれない。
ヘンリエッタは、そのペースに巻き込まれた。
というより、もともとの主であるフィオリナにあまりにも似ていたのだろう。
「銀雷の魔女。ドロシーを捜索し、保護することです。」
駆け引きを諦めて、口を割った。
「いいじゃないか!」
アデルは飲みかけのエールの入ったジョッキをヘンリエッタに渡した。
目を白黒させながら、ヘンリエッタは、苦いばっかりの液体を飲み干す。
「保護するっていうのは、安全な状態におくってことだよな!」
「ま、まあそういう意味もあるかと。」
「なら、わたしたち『踊る道化師』の仲間になればこれ以上安全なことはない!
つまり、わたしたちの目的は、完全に一致している!!」
「そ、そうでしょうか……」
「もちろん、そうだよ!」
アデルは、壺からエールを継ぎ足した。悪いのませ方だなあ。
「ところで。」
ぼくは、出来るだけ、会話に紛れるように尋ねた。
「『銀雷の魔女』を保護するって、いったいなにから保護するの?」
「奇しくも、『黒』もおまえたち同じことを考えている。すなわち、『踊る道化師』の再結集。そして、銀雷の魔女は表面上は、いまだに『黒』の配下にある。」
「なるほど。」
ぼくはつぶやいていた。リウは魔王さまだが、頭だっていいのだ。
「なるほど。先を越されるとまずいな。」
「最悪なのはそのために。派遣された人材だ。
まず交渉役として“調停者”ゲオルグ。」
大物だ。
なにしろ、全世界で7名しかいない調停者だ。調停者を単なる交渉役に使うとは、贅沢すぎるが、とにかく“黒の御方”リウ、魔王さまのやることだ。
ゲオルグがうんと言った以上、それはほかから文句をつける筋合いではなくなる。
「補佐につけられたのが、問題だ。
“災厄”のジェイン。」
それはぼくの知識の範囲外だ。
きょとんとした顔のぼくをみて、ヘンリエッタは自慢そうに続けた。
「『黒』の言ったことを、情け容赦なく完璧に遂行する。直属の部下だよ。その正体は、魔道人形でな。
モデルになったのは、畏れ多くも、我が主上。“災厄の女神”ご自身だとされている。」
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