第19話 夢一夜

なにしろ、出会ったからほんの数日のメンバーである。

話すことは、自己紹介をふくめ、山ほどあったが、夜もふけきたため、ナセルは立ち上がった。


「バルトフェルを占領したククフセウ連合の動きが、わかるまで、列車はここに停止する。」


ナセルは言った。


「隣駅から、武装した保安士が様子を見に行っている。必要ならば、戦ってバルトフェルを奪還することになるだろう。

その場合は、また公社が直轄する街がまたひとつ増えることになるし、ククルセウに罰が下されてしかるべきだ、な。

明日の日暮れには、城から今後の処遇についての話があるはずだ。」


ルウエンは、奥まった、小さな明り取りの窓があるだけの部屋をみつけて、窓を上手にふさいだ。


「閣下はここでお休み下さい。」

「寝るには早いだろう。」

ルーデウスは、残念そうに言った。

「まだ夜はこれからじゃないか。」

「人間は夜は眠るものなんです。」

「あの」


ルウエンの寝所を尋ねてもいいか、あるいはこの部屋にルウエンを招いてもいいか。


というような内容のことを、ルーデウスは語った。

かなりたどたどしく。時間をかけて。


少年は、にっこり笑った。


「だめです。」




ルウレンとアデルは、少々困ったことになった。

高級乗務員用につくられた部屋は、たしかに機能的にも十分であったが、もともと高貴な身分でもない乗務員に、従者など連れてくるものなどいない。

よって、この部屋も寝室はひとつしかなかった。


クローゼットをルーデウスの寝室にあてたとしても、ベッドはひとつ。


「ベッドはアデルが使え。」

やや、ぶっきらぼうに言うと、ルウエンは部屋を出ていこうとした。リビングの床にマントでもひいて眠るつもりらしい。

アデルは、腕を掴んでひきとめた。

「ちょっと、話をしとこうよ。打ち合わせ的なやつを。」


食事中に、アデルは、まあ、はっきり言って似合ってもいなかったメイド服を魔改造してしまっていた。

具体的には、胸元のボタンをいくつかはずして、袖をちぎって、けっこう露出の多い格好になっていたのだ。


「打ち合わせもなにも。」


アデルの唇から犬歯が牙のように、のぞいていた。

笑っている。


「一応、学校を出るときに説明した通りだ。ぼくたちの卒業試験は、謎につつまれた『城』について。とくに正体のわからない『ご領主さま』についてのレポートを出すこと。これが評価されれば、ぼくたちは史上三組目の在学中に『銀級』を勝ち取った冒険者になる。

首尾よく、難民にまぎれて『城』に潜り込むことには成功した。明日からの計画はでたとこ勝負。残念だけどなにも計画はない。」


アデルはだまって、ルウエンに唇をよせた。

すこしかがむようにして、ルウエンの首筋を噛んだ。


「いた!」


ルウエンは顔をしかめる。

もちろん、アデルが本気でないことはわかっていた。彼女の強靭な咬合力ならば、本気でかめば肉も、骨だって食いちぎれる。


「ふん?」

アデルは、自分の歯型のついたルウエンの首すじを見つめて、不満そうに鼻をならした。

「消えないね。ルーデウスの牙のあとは。」

「双主変をやろうとしたの?」


ルウエンは、肩を掴んでアデルの体を遠ざけようとした。厚くしなやかな筋肉に包まれたアデルの体はそれを拒否した。


「あれは、伝説のきゅうけ・・・・“貴族”のなかでも“真祖”だけが出来る業なんだって!

ほんとに実在するのかわからない業だし、そもそも真祖なんて存在すらたしかじゃあない代物なんだから。」

「ルーデウスは、強いよね。」


アデルは、そう言いながら、もう一度、ルウエンの首筋の吸血痕に舌をはわせた。


「ちゃんとした“貴族”にあったのははじめてだけど、すごい。性格はちょっとアレだけど。でも強さでいったら、ルウエンを試したあのドルクってカ“貴族”のほうが上だし。」


アデルはまっすぐに、ルウエンの瞳をのぞきこんだ。


「いまのところは、あなたをだれにも渡したくないの。」

「まえにも、話したと思うけど、ぼくは恋愛の対象にはむかないよ。」

「わたしもそのレンアイってものはよくわかってないのかもしれない。」


アデルは、服に手をかけるといっきに引きちぎった。


ボタンがいくつか、床にとび、下着姿の彼女は、それでもまっすぐにルウエンを見つめた。


「・・・・借り物だよ、その服。ルーデウス閣下のだろ。」

「あなたを貸してる以上、利子は積み重なる。」


性的な意味合いでは、未成熟だったかもしれない。あるいは、その姿はあまりにも強靭な、まるで野生の獣を思わせるもので、女性らしい柔らかなラインには欠けているという意味で、好み、の問題はあったかもしれない。

しかし、アデルは美しかった。


服にかくれていた部分にも白い傷跡がいくつも走る。

古い傷ではない。ただ、あまりにも早く傷を治癒させてしまうことはかえって、ダメージを受けることに対して無神経になってしまう、という教えを忠実に守って、治癒促進をほどほどにしか、かけていないのだ。

その一番、あたらしいものは、つい先日の死竜との戦いでうけた擦過傷であり、肩口から、胸の谷間にかけてはしる刀傷は、稽古の際にルウエンが付けたものだ。


ためらいもせずに、アデルは下着にも手をかけた。

ただしこちらは、引きちぎらずに、丁寧に紐をといて、脱ぎ捨てた。

形良く実った乳房を押し付けるようにしながら、アデルは言った。


「ルウエン。わたしはけっこう頑張っていると思う。とくに、ルーデウスをぶち殺さず、ドルクとあなたが戦ったときも手出しをしなかった。」

「まあ、それは」


死竜に深手を追わせたんじゃなくって、そっちを褒めてほしいのか?


「・・・・よく我慢した。」


「だから、一緒のベッドで寝てほしい。いずれにしてもベッドはひとつだけなんだから。広さは十分にあると思う。ふたりならラクラク眠れる。」


確かに、部屋の調度もかなり豪華なもので、ベッドはふたりくらいなら十分に眠れるだろう。


「アデルは、それでいいのか?」

「ルウエンは、この手のことに奥手すぎるんだ。わたしがリードしてやるから・・・・」

「それは、やめといて! 任務中だぞ、ぼくらは。」

「わかった。『それ』はやめとこう。とりあえず、肌を合わせて眠る相手がほしい。いかが?」


なるほど。

と、言いながら、ルウエンはリビングを振り返った。


「肌を合わせて眠る相手は、ほしいよな?」

「そうだね!」


アデルの目が輝いた。

ふたりで旅をしてはいたが、屋根のあるところでふたりきりで眠るのははじめてだった。

アデルも強気なことを言うほどの経験があるわけではない。だが、ルウエンが“貴族”に取られてしまうと思うと、心の中に暗い不安がわいてくる。


出会ってそれほどの年月を一緒にすごしたわけではないが、ルウエンはアデルにとって、特別なひとりになっていた。


ルウエンは、リビングを振り返った。


「アデルが一緒に寝たいそうなんだけど。」

「ふぁい?」


寝ぼけたような間抜けな声がした。

アデルの目がまるくなった。


現れたのは輝くばかりの美少女だった。

身につけているのは青黒い、鱗ににた模様の胸当てと、股間は、同じ素材の金属とも布ともつかない材質のものでかろうじて覆ってある。


「誰だ! おまえは!」

「誰だって、言ってる。」



10をいくつも出ていない少女は、困ったように首をかしげた。長い、背中までのびた銀髪が、それに合わせてゆらいだ。


「ま、待て! わかった! おまえ、竜だな?」

「いかにも。」


と、答えて、少女は天井をむいた。なにか言葉を探しているようだった。


「誰か、というのを答えるのは難しいのだ。」

少女は、困ったように首をひねった。

「あの腐肉の塊のなかに長い間、いすぎたせいで記憶に欠損がある。自分の名前も思い出せない。そのことも含めて、おまえたちと話がしたかったので人化してみたけど。

どうだ、出来栄えは?」


くるり。

と、少女は、ルウエンとアデルのまでターンしてみせた。


「わるくないと思う。でも今日はもう遅いから、話は明日にしよう。」

「もちろんだ。で、わたしはそこのベッドでアデルと眠ればいいのだな?」

「ちょっと! あたしはルウエンと。せっかくの二人きりの夜が・・・・」

「残念だけど、ここにはルーデウス閣下もいて、クローゼットの中で目をギンギンに輝かせている。おまけに人化した古竜までいる。」


がっくりと、アデルはたくましい肩をおとした。

「わかった・・・・・」


「そうだ! アデル。ルウエン。わたしに名前をつけてよ。たぶん生前使ってた名前はあるんだろうけど、思い出すまで、さ。」


アデルは、腕組みをして考え込んだ。


「・・・・そうだな。ラウレス、というのはどうだ。」


ルウエンが変な顔をした。


「ラウレス・・・か。あんまりいい響きじゃないけど、まあ、いいや。わたしをよぶときはそう呼んでよ。」


ラウレスは、腕をひとふりした。ビキニ鎧が消えて、かわりにパジャマになっている。色は同じく青緑だったがやわらかそうな素材だった。

「さあ、眠ろう、アデル。それとも男の子のほうがよかった?」






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