第15話 入国審査1
「名前は。出身は。身分証明になるものは? なにが出来る? 鍛冶は? 料理は出来るか? 魔法は?」
入国審査官は、てきぱきと処理をすすめている。
家を焼かれ、着の身着のままで逃げてきたものも多い。証明書など持っていないものもいたが、かまわず、手続きをすすめている。
かれこれ、一時間が過ぎ、ルウエンたちの番がやってきた。
「三人とも冒険者か。」
審査官は若い女だった。見るからに生真面目そう、悪く言えば気難しくて、融通などきかなそうな女性だった。
襟の詰まったタイトなジャケットの色は、宵闇を思わせる濃い紺だった。
銀の髪に、メガネの奥に切れ長のめを光らせた美しい女性は、冒険者証を眺めながら言った。
「出身は、違うようだが、同じパーティなのか?」
「いや、そのあ・・・・そうだ。同じパーティだ。列車のなかで意気投合したのでな。」
ルーデウスが答えたが、審査官は、顔をしかめた。
「難民としての避難中の列車のなかで、か?」
「正確には少し違う。」
アデルが、答えた。こちらは相変わらず、愛想のかけらもない。
「わたしたちは、バルトフィルの街で立ち往生していた避難民を、このルーデウスの特別車両にのせるために交渉しただけで、わたしたち自身は避難民ではない。」
「ルーデウス・・・・伯爵・・・・閣下?」
アデルを相手にせずに、審査官は、ルーデウスを睨んでいる。
「失礼ですが、“貴族”なのでしょうか。なにか証は?」
「それを言うか?」
ルーデウスの体がすう・・・と冷たくなった。
瞳の色が紅く染まっていく。
「証拠ならこれです。」
ルウエンが、前にでて襟を開いた。
首筋の噛み跡は、都合6つに増えている。
毒虫に噛まれたようなうじゃけた傷跡は、たしかに貴族の口づけにほかならない。
しかし・・・・・。
「ルーデウス・・・・伯爵、とやら。」
ちらと、それに目をやっただけで、審査官は薄く笑った。
「お主は、ひとりの犠牲者にいくつ傷跡をつける。」
「我儘な方なのです。伯爵閣下は。」
「ふつうはありえないな。」
審査官は言った。
頬杖をついて、とんとんとん。
きれいにマニキュアをぬった人差し指で、机をたたいた。
「これは困った。ここは難民の受付場所だ。難民でもないものを難民として入国を申請されても、はいそうですか、と入国させるわけにはいかない。」
「入国審査は、形式的なものだときいた。漆黒城は、来るものを決して拒まない、と。」
「それは戦乱を逃れてきたもの。ほかに行き場のないものにたいしてする話だ。」
審査官は言った。
「なにかほかの目的をもって入国しようとするものは、話が別だな。しかもそれが難民を装って入国しようとしたと、なる、となあ。」
審査官はちらりと手元の時計をみた。
「しかし、ここで議論してもしかたないかもしれない。おまえたちは漆黒城に害意があって侵入をしようとしたのではない、と言い張るだろうし、こちらはそれは否定しきれるだけの材料がない。」
審査官は、机から瓶を取り出すと、豆粒ほどの白い楕円の球を取り出した。豆粒ほどの、と表したが、実際にそれは種類はわからないが、なにかの豆にみえた。
「これを飲め。そうすれば入国は許可する。」
「なんだ、これは?」
気味悪そうに、ローデウスが言った。
「飲むとどうなる。」
「一種の共鳴器だ。これが胎内にはいっている間は、わたしたちはおまえの居所をいつでも把握することができる。」
「それだけなのか?」
「それだけのわけはないだろ?」
アデルが顔を歪めていった。
「これは特殊な蜘蛛の卵だ。胎内で孵化して、宿主を自由に操ることができる。もちろん殺すこともね。」
「そんなものが飲めるが!」
ローデウスが叫んだ。
入国審査では、実際あちこちでこんな怒号がとびかっていたので、けっして、珍しいことではなく、みなの注目もひかなかった。
「もちろん、永久的に、というわけではないし、おかしな行動さえしなければ害をあたえることは決して、ない。」
「信用できんな。わたしは“貴族”だ。ルーデウス伯爵ロザリアだ。」
「犠牲者に六つも牙の跡を残す“貴族”だな。」
「うたがうなら!」
ルーデウスは、ドレスの胸元を押し広げた。
「心臓の鼓動をきけ。わたしの心臓は、とおの昔に鼓動をうつことをやめている。」
「その程度の『擬態』はやまほどあるのだよ、伯爵さん。」
「なんでもいい! わたしが“貴族”であることを証明すればいいのだろう?」
「それは違うな。」
穏やかな声が、ルーデウスと審査官の怒鳴り合いをやめさせた。
「こ、これは!」
審査官は直立して相手を迎えた。
「ドルク参議官」
「ラスタア。
これは本物のルーデウス伯爵閣下に、相違ない。鉄道保安官のナセルの証言があった。
難民救助に、貸切車両を提供いただき、魔物の襲来にも対処いただいたとのことだ。」
それみろ。
ルーデウスの誇らしげは顔は、次の瞬間、絶望へと変化した。
「ゆえに入国は認められない。」
「な、な、なぜえええっ!!」
ルーデウスは“貴族”の怪力でドルクの胸元を締め上げたが、ドルクはビクともしなかった。ドルクも“貴族”なのだった。
「ここは“貴族”は十分足りている。人間はなにも貢献するものがなくても、食糧になることができるが、“貴族”ではそれ叶わない。」
「そ、そんな……」
さっきルウエンが言ったことを、突き付けられて、ルーデウスは、へなへなと座り込んだ。
「こ、こんなことなら、特別車両なんかで、贅沢に旅するんじゃなかった…」
「それは“貴族”としての力量によるだろう」
ドルクは淡々と述べた。
「温かな血の流れる“血袋”とともに寝起きして、まったく問題をおこさぬ“貴族”もいうる。我がご領主などは、その力量をお持ちだが、失礼ながら貴公はそうではなかろう。
ゆえに、この世界でいま、もっとも安全で迅速な移動方法である列車を使うには、特別車両を仕立てるしか方法がなかった。
すべては、貴公の資質の問題だ。なにかを恨むのは筋違いであろう。」
のろのろと、ルーデウスは立ち上がった。
この一瞬で彼女は、数十歳も歳をとったようだった。
もともと年齢など存在意味がない。
見かけ上、自分のもっとも好む年代で過ごすのが“貴族”だ。
しわぶかい顔で、よろめくように立ち上がったルーデウスがひどいダメージを受けたことを表していた。
「しかし、わたしは冒険者でもある。」
嗄れた声で、彼女はすがるように言った。
「誠心誠意、ご領主さまにお仕えする。だから」
「ご領主さまに、忠誠を尽くすのは最小限のあたりまえのこと。そのうえでなにが出来るのか、をわたしたちは、求めています。」
入国審査官のラスタアは、毅然とした態度。取り戻していた。
「ご領主さまに悪意をもつ恐れのあるものには、蜘蛛を呑んでもらったうえで、入国を許可しておりますが、それも“貴族”様方に食物として利用いただける人間のみ。それさえ、出来ぬ、しかも“貴族”でありながら、戦火を恐れてにげまわる卑小な存在には、『城』の門は固く閉ざされています。」
「でも、わたしは冒険者なんだっ!」
ルーデウスは訴えた。
「食糧などではない! その能力をもってお仕えすることは、できないのか?」
「我々は単純に戦えるものの数を集めてはいない。」
ドルクは、重々しく言った。
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