第二章 黒鉄の城

第14話 到着

旧式の列車は、ギシギシといやな音を立てて、ホームに滑り込んだ。

日はとっくに落ちて、ホームの周り以外は、闇に閉ざされていた。


ようやく着いた。


という安堵感にひたる間もなく、乗客の誰かが叫んだ。

「ああ! 城が見えるそ。あれが漆黒城なのか!」


闇夜よりもさらに、暗いものなどあるのだろうか。

だが、実際に、夜の闇の中に、さらに暗く。

巨大な城な、そそり立つ。


ようやく、着いた。

という安心感。

これからどうなる?

という不安感。


思わず、乗客全員が体を縮めていた。


「とっとと、列車から降りるんだ!」

これは西域でだれが見てもわかる鉄道員の制服を、見たこともないほど、だらしなく、着崩した男が喚いた。

「列車は10分後にメンテナンスにはいる。また戦場に戻りたくなければ、とっとと、降りるんだな。」


となり駅であるバルトフェルまで、戦火がおよんでいる。

という事実も、この男にはまったく影響していない様子だった。


ここにいれば大丈夫。

ぜったいに戦に巻き込まれることにはならない。


次々に街を焼かれた人々の行先は、ここに殺到する。


ぞろぞろと列車を降りたものたちは、ぅすぎた無く、かなりの割合でやせ細っており、なかにはやっと着いたという安堵感と疲労から、立つこともできないものも、続出している。


「とっとと、並ぶんだ。」

駅員は。鞭をふりまわした。

もちろん、乗客たちを直接、叩いたわけではない。


だが。駅舎の壁を鞭が叩く派手な音は、やっとの思いで戦地から逃れてきた人々を怯えさせた。


なおも喚き散らそうとした駅員は、突然、襟首を掴まれて後方に放り投げられた。

なにが起こったわからず、体を起こした駅員は、自分をぶん投げた剣士をみて、硬直した。


「ドルクさま…」

声はかすれ、慄いていた。

「領主さまのご側近がなぜここに。」


「駅の運営について。いろいろと問題が多い。」

黒い革鎧の逞しい男は、口元をマフラーでかくしている。反りのある片刃の剣を、大小二本、腰に履くのは。はるか東のサムライを思わせた。

「列車の運行をわざと遅延させ、上納金をせしめる。乗客を虐待する。」


「着の身着のままで、逃れてきた難民です。ここにとってはなんの得にもなりゃあしません!」


ドルクと呼ばれた剣士は、マフラーをずらして口元をみせた。

見間違えようもない牙が、のぞいていた。


お、お許しを。

それだけで、駅員は、這いつくばって、許しを乞うた。


「おまえも三年前は、難民だったはずただぞ。」

呟くように言って、列車の乗務員たちに、顔を向ける。

「うちの駅員がみっともないところをお見せした。責任者はいるか?」


歩みでたナセルの顔を見て、ドルクの口元がほころんだ。


「お主か、ナセル! 絶士を引退したと聞いていたが、息災でなにより。とは言え、老けたな、だいぶ。」

「そっちは、おかわりないようで。」

「“貴族”だからな。」


ふたりは固く握手をした。


「先に乗客名簿は受け取っている。」

血に飢えた剣士の風貌ながら、ドルクという男、事務方としても無能ではないようだ。

「乗客名簿に名前があるものは、このまま進め。入国審査がある。それ以外のものは、避難民だな?

出身地と名前を証明出来るものをもって、こちらに並べ。難民申請を受け付ける。」



そのまま、入国審査にすすんだものは、50名もいただろうか。

それ以外のすべてのものが、難民申請の列に並んだのだった。


「わたしも並ぶのか?」

優雅にドレスを着たローデウス女伯爵がぼやいた。

「閣下はどう見たって難民でしょう?」

無理やり着替えさせられた小姓スタイルが気に入らないルウレンは、ちょっと機嫌が悪い。


「わたしたちこそ、難民とは違うんじゃないの?」

アデルも、メイド姿だ。ルウレンの小姓姿はずいぶんとサマになっていたが、アデルのメイドは、めちゃくちゃだめだった。

まるで、前衛冒険者が、メイドのコスプレでもしたような雰囲気だったのだ。

(実際その通りだ。)

顔立ちは、よく見ればかわいい。だが、よく見なければかわいいと気づかれないほど、常に悪態をつき、生意気な態度を取り、たぶんに暴力的ではある。


「バルトフェルで避難民と一緒に乗り込んだからね。」

「でも」

「まあ、そこは有耶無耶にいこう。結果、運賃を払わないで乗ってるんだから。」


ドルクの説明は続く。

「いいか! 自分がなにものか、ということと。何をもってご領主さまのお役に立てるかを、簡潔に話すんだ。

おまえらが、血袋以外の存在価値があることを示せ。いいな。」


難民たちは、身体を引きずるようにして、長い列に並んだ。受付窓口そのものはいくつも設けていてくれているが、それでも夜中まではかかるだろう。


「よいか、おまえたち。」

ルーデウスは、二人の駆け出し某冒険者を安心させようと、引きつった笑いを浮かべた。

「おまえたちは、わたしの小姓と傍付きのメイドということにする。これなら、バラバラににならずに、一緒にいられるだろう。

おまえらがその…『血袋』にさせられる運命からは、逃れられるはずだ。」


ルウエンが答えた。

「ぼくとアデルは、現役の冒険者なんですよ。しかも、20年振りに、在学中に冒険者資格をとった超優等生なんです。いくらなんでも血液供給タンク以上の価値はありますよ。」


そ、そうか。

と、ルーデウスは安堵したように答えた。


「それより、閣下はよくよく考えておいてくださいね。閣下は血袋としての価値もないんですから。」


ルーデウスは、呆然とした。確かに自らが“貴族”であるルーデウスは、ほかの“貴族”の餌になることは出来ない。


「大丈夫。ぼくたちのご主人ということに、しといてあげますから。

バラバラにされないですみますよ。」


三人の足元で、羽根を持ったトカゲが「グルルルル」と鳴いた。


「…こやつは、なんだかわたしたちのはなしかわかっているような気がするのお。」

「もちろん、わかってると思いますよ。」

ルウエンは、気軽に安請け合いした。

「ただ、この子の発声器官はあんまり、人間の言葉にはむいていないものでね。

ぼくたちが、この子の言葉を理解してあげるよりも、この子が人化をマスターするほうが早いと思います。」



「じ、じ、人化って」

ルーデウスは倒れそうになって、アデルに支えてもらった。

泣きそうである。

「それじゃまるで、古竜……」


「古竜ですよ。」

またまた気軽に、ルウエンは言った。

「世界に唯一無二の古竜です。」

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