第5話 孤独なものたち

凄まじい力の拮抗は、極めて短時間で終わった。

パンパン、とルウレンが手を叩いたのだ。


「はいはい、終わりです。」


アデルは、つかんだ腕を離した。

万力から解放されたルーデウスの腕は、それ以上、ルウレンに伸びることなく、テーブルの上のワイングラスを手に取った。


骨ばった手は、嫋やかな女性のものにかわり、黒く変色した爪もやさしいピンクに戻っている。

牙を失った顔は、ふっくらとしていて、優しげにさえ見えた。

これは、“力のあるもの”の特徴のひとつだ。


まず、相手に一定以上の力量があることを認めないと、そもそも「対話」を行わない。過度に暴力的になるわけではないが、そもそも意思の疎通をおこなう必要を認めないのだ。

そして、一定以上の力があることを確認するとそこからは、かなり有効的に話ができる。


「おまえの血が所望じゃ、ルウエン。」


発した言葉の内容は、おそろしいが、強制的と言うよりも、妙齢の御婦人がお気に入りの小姓を、閨にでもさそうときのような、あやしい色香に満ちていた。


「話があるから、呼んだんですよね。」

ルウエンは、答えた。これもある意味、ルーデウス女伯爵と真逆である。言葉使いだけは丁寧だが、相手の要望をはなから拒否していた。

「それとも、一晩に二回も・・・・ご所望ですか? お楽しみはあとに残しておいて、必要な話をしましょうよ。」


ルーデウスは背もたれに、体を預けて、ため息をついた。

もともと、「呼吸」を必要としない“貴族”にとっては、ため息だって、不必要な行為だ。

ルウエンは、愛想よく言った。


「見事です。伯爵閣下。」


なにが? という顔で、ルーデウスは少年を見つめた。


「人間の真似! ですよ。ちょっと呆れた表情を浮かべながら、ため息をつく・・・・・ほんとに人間そっくりで見間違えるほどでした。」

「そ、そうじゃろ!」


ルーデウスの顔に歓喜の色が浮かんだ。

身を乗り出すようにして、少年に顔を近づける。


「ほら! ほら息だって、いい香りがずるじゃろ? わしも前には口臭が墓場の臭いとか酷い言われようをしておったのだが、すっごくマシになったのじゃ。実は先だって行われた『人間そっくりジェスチャーコンテスト』では、六位に入賞してのう。」


「そ、それはすごいですね。」

返答に困った少年に、アデルが助け舟を出した。

「いや、六位って微妙じゃない? それにそもそもそのコンテスト知らないし。」


ルーデウスは、白い喉を見せて哄笑した。

「無理もないのお。下賤な人間どもには、そもそも参加資格すらないのだから。」


「人間のそっくりのジェスチャーを競うコンテストになんで、人間が参加する必要があるんだ、ルーデウス。」

最初から、一切、敬語を使っていないアデルだったが、ついに名前も呼び捨てだ。


当然のところを突かれたのか、ルーデウスはそっぽをむいて、ワインをあおった。


見た目は、成熟した大人の女性であるが、その仕草は妙に子供っぽく、まるですねたようにも見えた。


「いいぞ、ルーデウス!」

アデルが犬歯をむき出して笑った。

「気に入った。おまえはわたしの友だちだ。」


なにを。

と、疑問符で顔を埋め尽くしながら、ルーデウスは振り返った。

「おまえを、このアデルの友だちにしてやろうと言うんだ。この冒険者学校きっての天才アデルさまの、な。」


それにルーデウスが、抗議しようとするタイミングで、ルウエンが口をはさんだ。なるほど、この二人、息があっていないようであっている。

案外、名コンビなのかもしれない。


「そりゃあ、すごい。アデルのたったふたりの友だちのひとりになれるなんてね!」


「だれが、友だちふたりだ!」

「だから、ぼくとルーデウス閣下でふたり。」

「もっと、いるわい! クラスにだって、あと故郷に帰れば」


懸命に指折り始めたアデルをほっておいて、ルウエンはルーデウスの方を向いた。


「あらためて、自己紹介いたします。ぼくはルウエン。アデルと一緒に冒険者学校に通ってます。あと、アデルが天才なのも本当です。冒険者資格てtホントは卒業してはじめて取れる資格で、在学中に正式な冒険者資格がとれるのは20年ぶりだそうですから。

それと、友だちが少ないのもほんとうです。顔はいいのに。」


「ご、ごにん!」

アデルが顔をあげて叫んだ。

「ルーデウス! おまえをいれなくっても五人いるぞ。」

「それは、先生とかおじいちゃん、おばあちゃんを抜いてる?」


アデルは、またうつむいて懸命に指をおりはじめた。


「ご覧のように、性格はいいのに、あわてもものです。気が優しくて面倒見もいいのに、乱暴ものです。おまけに、出自が」

「わかったわかった。」

ルーデウスは、流暢にしゃべり続けるルウエンを止めた。ほっておいたらいつまでてもしゃべり続けるような気がしたのだ。

「おまえ自身はどうだ?」

「下僕にしておいて、いまさら聞きますか?

記憶だって共有出来てるはずですよ?」

「それが」


ルーデウスは、典雅の美貌を曇らせる。

不快、と言うより、不可解、だった。


「おまえのことは、見えない。いや、部分的には見えるから、従属化が成立していることは間違いない。 名前はルウエン・アルフォート、歳は16。得意なのは支援系の魔法で、冒険者学校では特待生。野外学習をかねて、南部を旅していて、今回の動乱に巻き込まれた。」


「ちゃんと合ってます。」

ルウエンは愛想良く頷いた。

「閣下は、いままで活動していたギルドが街ごと戦乱に巻き込まれ、消滅したんで、全財産を金に替えて、『城』に保護を求めるために、この列車に乗り込んだ。」


「ちゃんと、『従属』は成立しておる。」

ぶつぶつと、伯爵閣下はつぶやいた。

「なのに、なんだ。この違和感は。」


「冒険者としては、主に稀少なアイテムの収集を得意としていた。いわゆる、トレジャーハンターというやつですね。経済的にはずいぶんと成功したみたいだ。」

「そうだな。」

ルーデウスは、答えた。

「一部は、金にかえたが、正直、値のつけられないようなレアな、代物もある。

これならば、『城』の主と言えども、粗略な扱いはできんじゃろう。」


「だと、いいですね。」

と、ルウエンはにこやかに答えて、ルーデウスを真っ青にさせた。


「な、なにか知っているのか? 城のことを。あそこの城主のことを!」


掴みかかろうとした、腕はまたもアデルに、抑えられた。


「よし。しょうがない!」

アデルは、嬉しそうに、笑っている。

「ちょっと名前が出てこないだけだろだか、おまえが二人めの友だち、ということでいい。よろしく頼む。」


なんなんだ、こいつらは!!


ルーデウスは、心の底から怯えた。暗闇が、そして、ひとりでいることが、「怖い」と思ったのは、まだ、温かい血が流れていたころ、約100年ばかり昔のことだった。

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