第16話 怪談:ふざい

あなたの不在。


いつものように、二人分の食事を作る。

でも、あなたはいない。

いただきますを言って、

食事の味付けについて意見を求める。

でも、あなたはいない。


あなたの長い不在。

それでも私はいつものように生きて、暮らしている。

これも私が選んだこと。

自由を求めたわけでもなく、

性格の不一致と言うわけでもなく、

ただ、あなたは不在。

長いこと、不在。


最後に二人でいったのはどこだっけ?

ああ、どこかの水の多いところ。

湿地かな、湖かな。

それとも海だったかな。

きれいなところだった気がする。

そんな話をしても、返ってくる言葉はなく。


あなたの不在。

いつものように二人分の食事を作って。

届く郵便物にあなた宛のものがあると、

あなたに報告しようとして、

次には途方にくれたり。

お風呂から出たら、何かを思い出しそうになったり。


なんだろう。

ずぶずぶと何かが沈んでいく感覚。

沈んでいるの?

私が?

いや、何かが?

あなたが?

なんで?

きれいな水の多いところ。

ずぶずぶ沈むなんてありえないじゃない。

汚い泥に沈むことは、ないの。


思い出しそうになる。

何かがずぶずぶ。

泥とか、醜さとか。

そんなもの、沈めばいいのに。


あなたの不在。

部屋で頭を振って、記憶を追い出した私の耳に、

ずるっ…べちゃっ…ずるっ…

繰り返される多分足音。

それは同時に、私の記憶も、

どろどろしたところから、よみがえってくる。


ああ、あなただ。

今晩のごはんは、もう処分しちゃったから、

お風呂にしましょう。

あなたの何年もの長い不在。

これで終わりそう。


いっぱい報告したいことがあるの。

あなたにいっぱい。

私はずっとあなたのことを思ってたの。

ごはんもずっとあなたの分を作っていたの。

ずっと待ってたの。

何で私は、包丁を武器にしているのかしら。


泥を伴った足音は、

私の醜い記憶もよみがえらせる。


もう一度、あなたを沼に沈めなくちゃ。

そうして、あなたをまた、いないことにしなくちゃ。

あなたの不在。

あなたの不在。


あなたの長きにわたる不在。

湿った足音が、部屋の前で止まった。

ドアが、開く。

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