朽ちたピアノ
堕なの。
朽ちたピアノ
人々は地下へ潜った。先祖たちの愚行によって地上に住めなくなった私たちは仕方なしに太陽の光の当たらない場所で暮らしていたのだ。そんな中、地上探索隊という隊が組まれた。そこの隊員に奇跡的に選ばれた私は緑に囲まれた嘗ての都市を一人で歩いていた。
朽ちたピアノは美しく存在していた。穴だらけの建物、沢山の蔦が絡まりついてその隙間から光が差し込んでくる。初めから計算し尽くされていたような配置でピアノは輝いていた。
鍵盤を押し込む。軋んだ音がした。椅子に力を掛ければギイと今にも壊れそうな様子である。
ピアノの傍に置いてある黒い鞄を開けてみる。そこには楽譜が入っていた。題名は読めない。分かったことは英語のような言語が使われているということだ。胸が高鳴った。贅沢の許されない地下での唯一の楽しみがピアノを弾くことだった。
失われた過去の音楽、それに触れられたことが堪らなく嬉しかった。楽譜を並べてバランスの悪い椅子に座る。
壊れかけのピアノ、初見の楽譜、過去の遺物。弾いてみれば、どこか悲しさを感じる。慰みのようなものだろうか。ただ、労るような、包み込むような作曲者の意図が伝わってくる。
一曲弾き終わる。残りの楽譜は保存用のパックに閉まった。私の元々の仕事はこれだ。そしてカメラでピアノの写真を撮った。おそらく次に来れたとしても、このピアノはもう二度と弾けない姿になっているだろう。今日会えたことは奇跡なのだ。
名残惜しい気持ちもありながら、捜索隊に合流することにした。音楽ホール前、雨風に晒され読めなくなったバス停の標識柱にはそう書かれていた。
朽ちたピアノ 堕なの。 @danano
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