第8話 警報

ネネは線を辿って走る。

革靴が、スニーカーし以上にフィットしている気がして、

思った以上に走りやすい。

硬質な音を立ててネネは走る。

こっこっこっと。

何が続いているのか。

どこに続いているのか。


朝凪の町は、ぱっと見は浅海の町と変わらない。

高台に神社があり、

住宅街っぽいエリアがあり、

商業地域らしいエリアがある。

ネネは線を辿って走る。

線は道の上を走っているから、

ネネは空も飛ばず、道の上を走る。

渡り靴が硬い軽快な音を鳴らす。

いつも嫌いだった音楽というものに似ているかもしれない。

ポップもクラシックも嫌いだ。

演歌も嫌いだ。

でも、今刻んでいる音は好きだ。

何で近くにいて、こんな音楽を隠していたんだろう。

心が浮き立つような、何かが起こるような、

ネネを未知の気分にさせる。


ネネは空気の流れを感じる。

朝凪の町は心地いい気がする。

明けきらない町の空気。

目覚めない空気。

眠っているようで、そのくせ夢を見ている。

今ここにいることも、この町の夢かもしれない。

ネネはそんなことを思った。


ネネは高台から少し下った細い道に出る。

やや木々の多い道だ。下っていけば国道に出る。

アスファルトに覆われたその道を、

音を立てながら走る。

かんかんかん!

足音が、若干警報めいた音の気がする。

さっきと音が違うぞと思う。

ネネは立ち止まろうとして、つんのめって転んだ。

坂道でスピードを出しすぎて、止まれなかった。

坂道を転がっていくことはなかったが、

かなり派手にこけた。


「あいたた…」

ネネは身を起こす。

ドライブも落ちていて、目を回している。

「ドライブ?」

ネネはドライブを手に取る。

ネネの手の中でドライブは正気に戻る。

『びっくりしたのです』

「足音が変だったから、止まろうとして」

『警報に気がつきましたですか』

「あ、そうだったんだ」

ドライブはネネの手の中でこくりとうなずく。

『通り魔の気配なのでした』

「通り魔?」

『人の心を蝕むような気配です』

「もう大丈夫かな」

『ステップを踏めばわかりますです』

ネネはドライブを肩に乗せると、

起き上がってステップを踏んだ。

こっつこっつと音がする。

『通り魔は過ぎて行ったようです』

「ふぅん」

ネネは音を刻む。

軽快な音。

何かにおびえている気がしないわけでもない。

通り魔というものが、そうさせているのかもしれない。

「通り魔に逢うと、どうなる?」

『心が普通でなくなります。逢ってはいけないのです』

「こわいね」

『渡り靴が警報を出してくれますです』

「そうなんだ」

『なのです』


ネネはまた、道を見る。

線が見える。ずっと遠くまで続いている線。

こんこん。足を鳴らす。

「どこまで続いているのかな」

『どこまでもです』

「どこまで歩いていけるかな」

『どこまでもです』

ドライブは確信して告げる。

『どこまでもなのですよ』

ネネはうなずく。

「さぁ、また辿ろう」

『はいです』

ネネはまた走り出した。

細い道を硬質の音を立てて。

振りぬく足が心地よい。

ネネの足は風をともにして走る。


少し走ると、

道がえぐれている箇所があった。

鋭利な、それでも大きなもので、

えぐったような箇所。

道の傷跡。

木々と道をえぐったような場所。

ネネはそこに立ち止まる。

『通り魔がやったのです』

ネネはうなずきだけを返した。

転んでいなければ、えぐられていたのかもしれない。

こちらの世界の通り魔とは、もしかしたら現象に近いのかもしれない。

「行こうか、ドライブ」

ネネはまたステップを踏むと、線を辿って走り出した。


渡り靴がネネにフィットしている。

こっこっこっと硬い音を立てる。

きっとこの靴なら大丈夫。

ネネはそんなことを思った。

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