3:金糸と銀糸

「ユタは行ったの?」


 レイティアは、クルスに問いかけた。


「ああ。今朝、神殿を発った」


 応えたクルスの眉間にはしわが寄っていたが、白い青年は穏やかに笑っている。

 家具の少ない閑散とした部屋の中で、ふたりは小さな椅子に腰かけていた。ひとりはルンファーリアの皇。

 もうひとりはその皇そっくりな見目の、しかしその表情と色彩は異とする青年だった。クルスとは双子で、名前をレイティアという。


「そう。寂しくなるね」

「そうでもない。五月蝿いのがいなくて、静かでいいさ」

「またまたぁ。心にもないことを」


 クルスの悪態に声をたてて笑うと、レイティアはその表情を曇らせた。


「ねえ、クルス?」

「なんだ、レイティア」

「うん。ちょっと気になることがあってね。君を呼んだんだ」

「気になること?」


 レイティアは普段、神殿の最奥部でひっそりと暮らしている。

 彼の存在を知る神官がそもそも少なく、公に姿を現す機会はクルス皇よりはるかに少ない。そのため神殿内をうろついている姿を目撃されたりすると、『皇の幽霊!』などと噂にあがるのもしばしばだった。例の『皇は本当に存在しているのか?』という噂も、此処から出たものかもしれない。

 しかしレイティアも、れっきとしたルンファーリアの神官であり、ユタやラトゥータとは違った意味で優秀な皇の補佐である。


「この一件だけど、思いのほか、大きな事態になる、かもしれないような」

「なんだ。煮え切らないな」

「うん。ユタの未来が、どうしても視えなくて」


 レイティアは言葉を詰まらせた。


 南大陸の小さな国に伝わる『金糸玉』『銀糸玉』と呼ばれる瞳がある。

 それは、ある一族にのみ親から子へ受け継がれる血族固有の瞳の色で、『金糸玉』は過去を見通す金色の瞳、『銀糸玉』は未来を見据える銀色の瞳だと言われていた。 

 「言われていた」というのは、その一族の数は極端に少なく、しかも身上を隠して暮らしていたので、世間の目に触れてこなかった。眉唾だと思われていた、と言ってもいい。

 しかし、クルスは金糸玉、そしてレイティアは銀糸玉を持っていた。

 そんな二人が故郷を出たのはまた別の話だが、二人の瞳の力はルンファーリアの政を日々助けていた。


「いまさら何を言っている。あれでも《ラゥの司》なんだ。いくらお前の瞳が強力でも、あれの未来は視えない。俺の瞳にあれの過去が映らないように、お前の瞳にもあれの未来は映らない。阿呆でも、そういう図太い生物だ」


 その瞳の及ぶ範囲や対象など、力の優劣はそれぞれだったが、共通する弱点もある。どちらも「《聖霊・ラゥ》には力が及ばない」のだ。クルスもレイティアも、自分自身のことはもちろん、ユタの過去も未来も視ることはできなかった。

 あまりの言い様にレイティアは苦く笑ったが、静かに続ける。


「そういうわけじゃなくて、よくわからないんだ。ユタがどうにかなる、っていうわけではなさそうなんだけど」

「つまり?」

「ごめん。やっぱりはっきりとは分からないや。ユタの周囲ごと視えなくなっている。たぶん本当にラゥがらみだよ。肝心なところには靄がかかっていて、よく見えない」


 気を落とすレイティアの肩を、クルスは軽く叩いた。


「つまり、俺たちではどうしようもないということだ。あまり気にするな。すべては、なるようになる」

「そう、だね。……そうだといいね」


 その白い青年は、どこか悲しそうに微笑んだ。

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